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『グラン・トリノ』を見ました

クリント・イーストウッド監督主演でアメリカの地域社会の現実を描いた、『グラン・トリノ』を見ました。

妻に先立たれた一人暮らしの頑固な老人、ウォルト。朝鮮戦争に従軍し、そのトラウマを抱えている彼は、アジア人の隣人を煙たがっていた。ある日、ウォルトが何より大切にしている車『グラン・トリノ』を、隣家の息子・タオが盗もうとする。その時から、二人の新たな関係が始まる。

愛国者して保守主義者のイーストウッドが、現代のアメリカ、それも地域コミュニティの問題を描いた作品だが、かつてのイーストウッドとの違いを最後に思い知らされるだろう。

ウォルトの住む家には、翻っていないアメリカ国旗、しかも芝生の手入れなどはしっかりとなされている。比較対象となる隣家では、ベトナム人の家族が住んでいるが、芝生は手入れされず、アジア人だけでコミュニティを構成している。

この辺から、アメリカという国家が歩んできた歴史を表している。アジア人を嫌っているウォルトは、アジア人を蔑視していた第二次大戦時代のアメリカ人。それに対して隣家のタオ一家は、ベトナム戦争時にアメリカに協力した一族。結局二つの家はアメリカという国を信じて、現在を迎えている。

ウォルトがもっとも大事にしている『グラン・トリノ』は72年式。石油ショックの直前のアメリカ車がもっとも輝いたとき。この時代はベトナム戦争の末期であり、おそらくはタオ一家にとっては、敗戦濃厚となって苦しい時代の始まりだったはずである。

そして、劇中の時代となるとアメリカは栄光を失い、ウォルトの信じた米国社会は、虚飾と欺瞞に満ちている。一方ベトナム難民のタオ一家は、アメリカで生まれ育った世代が社会に出始めている。このウォルトとタオの出会いは、新しいアメリカ社会の構成となる。

かつてアメリカ人が持っていた美徳というものを、ウォルトはタオ一家の中に見いだし、タオはアメリカ社会における父親像を頑固だが心を持ったウォルトに見いだす。ともに人種を越えて『アメリカ人』としていきる何かを感じたのだと思う。

タオとリーの姉弟が、かつてのアメリカ人が持っていた尊厳を、アジア人社会の中に見いだしたとき、思わず漏らすウォルトの一言が、アメリカという社会が、いわゆる白人社会である時代は終焉を迎え、他民族がアメリカを構成している時代となっていると言うことだろう。

そして、ウォルトにとっては妻を失った後の、いわば目標を失った人生(台詞で妻を思うシーンがそれを表している)に、タオ達と出会うことで生きる希望が湧いてきたと言うことであろう。この周囲の変化を受け入れてゆく時の演技は、流石イーストウッドで、口汚い台詞や憎らしい表情から、タオを思う父親代わりの表情まで全身で表現している。

そして、ラストに向けての物語は、かつての『ダーティ・ハリー』のような力による解決を選ばなかった点で、イーストウッドは『現代アメリカの良心』と言いたい。

ラストについては劇場で感動してほしいためここでは明かさないが、アメリカの力による正義が、今では通じなくなっていると言うこと、そして『ミリオン・ダラー・ベイビー』でも見せた人を思うと言うことを、今回も強い感動を持って見せてくれた。

久々に心を震わせる作品で、イーストウッドの監督としての実力を見せつけられた作品で、この作品を劇場で見ないことは映画人生においては大きな損失と断言します。是非是非劇場で鑑賞してください。

公式HP:http://www.grantorino.jp/

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グラン・トリノ@映画生活

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