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『アキレスと亀』を見ました

芸術家として生きる男と、それを支える妻の物語を描いた、『アキレスと亀』を見ました。

芸術家を目指す真知寿は少年のとき家が破産し、つらい環境で育ったが芸術家としての道を突き進んでいた。彼の傍には、彼の情熱を理解し支え続ける妻・幸子がいた。

北野監督作品は日本よりもヨーロッパやロシアの方が高い評価を受けるという、やや芸術志向が強い作品が多く、一般の人が見るにはやや難解な作品が多い。

その傾向を反省してか前3作(『座頭市』『Takeshi's』『監督バンザイ』)は娯楽作品的な味付けがなされていた。

『アキレスと亀』はその中間的な味付けと言って良い。芸術と言うものに対して、痛烈な皮肉と、要所要所に笑いのポイントを入れた内容はかろうじて普通の人が見ても楽しめるのではないだろうか。

作品中で語られる芸術に対する評価については、さすがは北野監督と言うほど厳しい皮肉が利いている。少年のころから一途に絵画の道を進む真知寿に対して、周囲特に画商の述べる意見が、芸術と言うものは所詮は絶対的なものではなく、人にどう受け入れられるかが、評価されるかされないかの差である、と言うことを教えてくれる。

この点はラストシーンの『錆びたコーラの缶』が教えてくれる。

芸術家と言うものは才能がないと努力をしても花開かない。そのことに気づかない人が真知寿である。彼は色々な画家を真似てみたりして、何とか芸術家として花開こうとするが、結局は『物まね』や『下手』と言われてしまう。

努力だけではどうしようもない芸術の世界、と一言ではかたずけられない。現実の社会でも同じようなことはいくらでもある。ただ、この作品で訴えたいのはそういったネガティブなことではなく、それでもなお挑戦し続けることに意味があるのだと言うポジティブなことだと感じる。

ただ、そんな真知寿を支える妻・幸子の姿があってこそだと言うことを、忘れることは出来ない。だからこそ妻とはなれることは、真知寿にとっては芸術と分かれることになると言うのが終盤に描かれる。

幸子の姿は真知寿の妻と言うだけでなく、母であり助手、保護者と言うように、この妻なくして真知寿の芸術は成立しない。そんな大いなる女性を、さすがの貫禄で樋口可南子が演じていた。

真知寿を見る時の目が、とても優しく母性を感じさせると共に、共に芸術を創り上げているの目は、実に楽しそうであった。

そして、真知寿の芸術感と言うものは死からの逃避と言う側面も持ち合わせている。彼が芸術へのめり込むきっかけには、常に何らかの死によって、さらに深くなっていく。したがって、彼が芸術を捨てようとしたときに、死に向かい合うこととなる。

そこで何を感じたのか?それが、前段でも触れた『さびたコーラの缶』につながる。一種芸術に対する『悟り』を開いた真知寿の前に見える新たな未来が、作品のラストが暗示している。

作品を見ると『芸術残酷物語』とも形容したくなる内容であるが、才能のない芸術家夫妻の物語とし、何かほのぼのとした感じを受けた作品でした。

http://www.office-kitano.co.jp/akiresu/

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多くの人が映画の感想を書いていますので、ご覧になってみてください。

アキレスと亀@映画生活

kain

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