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映画『靖国』事件について考える

今話題になっている映画で『靖国/YASUKUNI』という作品がある。

かなりの映画好きになれば、ベルリン映画祭&香港映画祭で賞を取ったと言うことは知っているだろう。

しかし、一般の人にとってこの作品を知ったのは、最近のニュースとしてだと思う。

●「靖国」上映中止、新聞労連などが抗議声明

http://news.nifty.com/cs/domestic/societydetail/yomiuri-20080407-00608/1.htm

●<映画「靖国」>上映中止で抗議 民放労連

http://news.nifty.com/cs/domestic/societydetail/mainichi-2008040800m025/1.htm

●『靖国』が上映決定!支援ぞくぞくと…5月から全国で順次公開

http://news.nifty.com/cs/entame/moviedetail/cnmtoday-N0013435/1.htm

さて、今回の事件は『右翼』と称する連中が、映画館の前で『街宣』と称する、暴力行為に及んだ結果である。彼等は、『街宣』活動も表現の自由の上で認められると称しているが、であれば、たとえ反日的な映画や意見でも、表現や公開の自由が認められるべきである。

また、今回の場合、映画館側は警察に通報しているが、日本の警察は基本的に右翼に対して取り締まることが無く、今回も騒音を馬鹿でかい音を鳴らしているにもかかわらず、『この程度では取り締まれない』として、何も行わなかった。

実はこの問題がこのように大きくなったのは、この事件の前の一件が引き金である。それは国会議員・稲田朋美による『検閲』まがいの、試写会の開催要求だ。

文化庁の支援金が使われていることを理由に、公開前の作品を稲田朋美が試写を要求し、制作/配給会社が試写会を開いたという物だ。開催を主張した稲田朋美は、『公開を差し止めるつもりはなく、検閲には当たらない』と発言しているが、試写後の発言では、反日的な表現があったことを臭わせるなど、明らかな圧力を感じさせた。

また、同じように渡海文部科学相も、ポスターやスタッフロールの文化庁の表現についてクレームをつけるなど、明らかな『検閲』後の対応を示した。

『公開を取りやめるようなことはしないで欲しい』とは件の稲田朋美の発言であるが、であるならば自身が映画館の前に立ち、エセ『右翼』の街宣車を排除するくらいのことを行うべきではないのか?

かつて、三島由紀夫は市ヶ谷の駐屯地で自衛隊に決起を促したとき、従う自衛官はいなかった。自らの過ちを知った三島の取った結末は、その行動は別として、潔いと言うことでは万人が認めるだろう。

決して、自分の意見に従わないからと言って他人を傷つけたりすることを彼は選ばなかった。そして自らの間違いは自分で償ったのだ。

今回、試写を要求した連中はこの結果に対してどの様に報いるつもりか、またエセ『右翼』の連中は、自らは表現の自由と言いながら、他者の表現の自由を侵す、この愚かさに気づけないのは、哀れみを感じるしかない。

しかし、この問題は一個人や政治団体の問題ではない。

同様な事件で、日教組の教研集会をプリンスホテルが、旅館業法に違反してまで拒否したことと合わせると、この国が表現の自由に関して本当に自由であるのかと言うことに疑問を感じる。

憲法においては、公共の福祉に反しない限り保証されるとなっているが、今回の問題や日教組の問題を考えると、国家権力によって恣意的に『公共の福祉』が制限されているのではないだろうか。

皆さんはエセ『右翼』の街宣車をどう思うだろうか?

少なくても、あの大音量は『公共の福祉』に反しているのではないだろうか?

また、街宣車に使われている車は、きちんと整備されているとお思いだろうか?

陸運支局に行けば、その真相が分かります。何故か構成員が、刑務所から出る組長を迎える様に勢揃いして、支局にいます。

このように日本の警察当局は『右翼』と称する連中には弱腰である。と言うより、見逃しているのである。しかし、真の『右翼』と言うべき人は、決してあのような街宣車を使った活動で、企業や個人を攻撃したりしない。

私個人としては、今回の件でエセ『右翼』達が映画関係から何らかの不当利得を得ようと画策しているのではないかと考えている。

話がそれましたが、このように表現の自由を、当局が都合の良いように制限する道具として、『右翼』の街宣活動を利用している側面が感じられます。

たとえば、愛国的作品を上映しようとして、『左翼』が抗議活動をしたらどうなるでしょう。おそらく公安部は写真を手当たり次第に撮影し、メンバをリストアップ。デモの時以外でも些細な違反で参加者を不当に拘束(逮捕ではない)するでしょう。

今、日本は保守化が進んでいると言います。しかし、本当に保守化というのであれば、表現の自由も保障されていなければおかしいはずです。なぜなら、何を持って『保守』、何を持って『革新』、とする基準を明確にする必要があるのですから。今進んでいるのは、保守化と称した言論弾圧、あるいは言論封じではないでしょうか。

愛国的でなければ、意見も言わせない。日本を批判するような意見はあらゆるメディアから排斥する。これではまるで北朝鮮か中国と同じではないか。

保守色の強いアメリカで、強硬な保守派の一人として有名な人物にクリント・イーストウッド氏が上げられる。自らを愛国者(PATRIOT)と称するが、決して国家を批判しないと言うことではない、と彼は言う。戦争時における『国家の欺瞞』に疑問を感じた彼が、その思いを込めて製作したのが『父親達の星条旗』である。

私は愛国者であればこそ、『現在・過去の過ちを見過ごしてはいけない。指摘し正していかなければならない。そうしなければ、これからの未来で間違った方向に国が向かってしまう』、と言いたい。反対する意見を封じ込めようとするのは、あるいはそれが事実で、そのことを隠そうとしているからではないのか。そうでなければ堂々と議論をし、論破すればいいのです。騒音を鳴らし、脅迫まがいこのとをすることに、ひとかけらの正義も有りはしない。臆病者が虚勢を張っているだけである。

今回『靖国/YASUKUNI』が公開が中止されたことは、一部の海外メディアでも取り上げられています。『日本は比較的表現の自由が保障された国でしたが…』と言う切り口が多いようです。

このような事がこれから多くなるのか、それとも間違いを正すことが出来るのか、市民の選択が問われているのではないでしょうか。

この国を正すことが出来るのは、有権者一人一人であり、その総意を持って、この国の指針となるはずです。

そして『靖国/YASUKUNI』を是非劇場で見ましょう。見た上でどのように感じるか、それについて意見を交わすことこそが大切なのではないでしょうか。

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kain

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