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2008年4月の記事

『ファイナルディスティネーション4』はどうなる?

ファイナル・ディスティネーション4の撮影が始まったようだ。

ファンの間では『1』と『2』に登場した葬儀屋の出演がどうなるか(http://www.shocktillyoudrop.com/news/topnews.php?id=5820)、などが盛り上がっているとのこと。

2009年公開予定の、この作品は3D作品だそうで、あの豪快かつ繊細な死に様が更なる迫力で堪能できそうです。

ただここで心配なのは、日本では3作目までの配給元だったGAGAが、海外作品の買い付けから撤退することになった様なので、この作品が劇場公開されるのだろうか、ということである。

『ファイナル・ディスティネーション』シリーズは、kainにとってはとても気に入っているシリーズ作品。出来れば劇場で、あの見事な死にっぷりを楽しみたいです。

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DVDでは1-3をセットにした、『コンプリートBOX』も出てますね。

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イッセー尾形 新作DVD発売決定

5月12日にイッセー尾形さんの新作DVDが発売されます。

『イッセー尾形 一人芝居 2006春 クエストホール』

内容は

1. お産婆

2. アルプス

3. ブログ

4. 温室

5. 肉屋

6. IZAKA-YA

7. 修学旅行

8. 早朝ライブ

の8ネタと言うことです。

以前PONYキャニオンより発売されていた頃は、1枚のDVDに3・4ネタで価格が4000円位だったので、今の製作販売体制になっておかげで、お買い得感が増しています。

舞台を中々見に行けない人にはもちろんですが、舞台を見た人も是非ご購入を検討ください。

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何が何でも被告の利益を守るのか?

■旧住専の回収妨害、弁護士の安田好弘被告に逆転有罪判決

(読売新聞 - 04月23日 14:02)

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20080423-OYT1T00430.htm

昨日、安田弁護士の関係した、光市の母子殺人事件に死刑判決が下った。

オウム真理教事件の松本被告の裁判は、安田弁護士が弁護書類を期限内に提出しないため打ち切りにとなった。

そしこの今日の判決である。

共通しているのは安田弁護士が、なりふりかまわず依頼者の利益を確保しようと言う姿勢だ。そして持論(死刑廃止)のために、裁判を不当に引き伸ばしたり、うその供述や偽りの謝罪をさせるなどの活動を繰り返した。

個々の事件での弁護方針については、弁護士としていろいろな戦術が考えられるので、一概に否定は出来ない。しかし、弁護するにあたって、なりふりかまわず被告の利益を優先する、と言うことは、弁護士の独立性から考えると、大きな問題と言わなければならない。

本来の弁護士の役割は、罪を償うにあたって、事実を明らかにし、行過ぎた刑罰が科せられないように、被告の利益を代弁することである。したがって、法を犯してまで被告の利益を優先するのであれば、それは正当な弁護活動とはいえない。

昨日の光市事件判決では、少年の反省の無さを厳しく批判した。しかし、これは少年本人はもちろんだが、そのような弁護方針で裁判に臨んだ、被告弁護団を厳しく指弾したものだと、私は感じた。

弁護士は法律のプロである。彼らがその知識を生かして法を犯すのであれば、正当な弁護活動をする弁護士たちの活動にも、何らかの規制をかけてしまう、きっかけになるかもしれない。

現在、弁護士の増員が図られているが、無秩序な増員の結果弁護士同士の競争が激化し、弁護士としての倫理観を忘れた弁護士が、はびこるようにならないことを祈りたい。

kain

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『大いなる陰謀』を見ました

戦争に対する政治、マスコミ、市民の3つの観点を私達に問う、『大いなる陰謀』を見ました。

ジャーナリストのジャニーンは、上院議員アーヴィングとの独占インタビューをすることになった。元軍人のアーヴィングは膠着状態のアフガンの現状を『新作戦』で事態をすることを、ジャニーンにリークする。ジャニーンはこの情報がプロパガンダであることを見抜いた上で、アーヴィングとインタビューを通じて、意見を対決させる。一方大学教授のマレーは、目標を見失っている一人の生徒との面談を行っていた。

現代のアメリカでの矛盾を提示し、そのテーマについて見る人に問いかけてきます。特に、国のために何をするか?と言うケネディー以来アメリカ人が重んじる事に、疑問を提示する内容です。

さて、劇中の構成は同じ時間の3箇所で展開します。ひとつはアーヴィングのオフィス。もうひとつはマレーの研究室。最後がアフガンの戦場。この3箇所で展開する内容は巧妙にリンクしており、その関係を理解することが作品の内容の深く理解することが出来ます。

緊迫したやり取りを見せてくれるのはジャニーンとアーヴィングの会話劇。丁々発止の言葉の攻防に、見るほうも緊迫感を感じ、またそこで展開される事柄を、9.11以来のアメリカの政策と重ね合わせると、二人の話している内容の重大さを感じます。

この点、若くて野心溢れる政治家が老練なジャーナリストを相手に、自らの功績作りのために、利用しようと言葉を弄する。そのある意味高慢な態度が、トム・クルーズの雰囲気にあっている。その結果ストリープの老獪な態度とあいまって、表面的には穏やかながら、お互い裏に秘めた目的に相手を引き込もうと言葉を重ねる。そんな二人の会話劇が実に見ごたえのある作品でした。

しかし二人の会話の結果の先が、アフガンの戦争につながります。二人の兵士の運命は、彼らの崇高な理念とは関係なく、政治の駒として利用されてしまう。それこそが今のアメリカでの矛盾を、われわれに示します。

この二人の兵士の理念を解説し、アメリカの市民が今後『国のために何をすべきか?』を問い、果たして今のアメリカは正しい道を歩んでいるのかを、観客に問いかけてくるのが、マレーとトッドの会話劇。

若くて正直な青年達が表面的な愛国心に流されることなく、本当に国のためになることを考えろ、と監督のロバート・レッドフォードは言いたいのではないでしょうか?

この作品がやや不完全燃焼なのは、この問題に答えを表さないことでしょう。レッドフォード監督作ですので、彼自身の意見が強く前面に出てきますが、提示される内容が現政権に批判的なことが偏った印象を持ってしまいました。

ラストシーンでアメリカの政治施設と無名戦士の墓を見つめながら、ジャニーンが何を思うのか?そのことが見終わった後が、強く印象に残りました。

作品としての派手さはなくエンターテーメントとしての面白みもありません。また『華氏911』のような強烈な政権批判をするのではなく、見る側にアメリカの現状を提示し、その問題をどう考えるかを問いかける、社会派のドラマです。

http://movies.foxjapan.com/ooinaru/

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【心熱くする作品】『セーラー服と機関銃』

本日は、薬師丸ひろ子ファン歴25年のkainが、代表作『セーラー服と機関銃』について語りたいと思います。思いっきり贔屓目で見てますので、興味の無い方はスルーしてください。

薬師丸ひろ子と言えば、「三丁目の夕日」のお母さん役が印象に強い人が多いでしょう。しかし、kainは薬師丸ひろ子と言えば『セーラー服と機関銃』です!(←力説!)

昨年、長澤まさみでTVリメイクされましたが、今から約25年前公開されたこの作品がオリジナルです。長澤まさみは身長も高く、健康的な魅力がありますが、薬師丸は小柄で可愛らしいという感じでした。

目高組組長が亡くなり、その後継者となったのは17歳の女子高生・星泉。組長がいなければ、松の木組に殴り込むと息巻く組員を押さえるため、やむを得ず組長に就任する。

しかし、組長となった泉の身に、麻薬組織からの危険が迫る。泉の父が麻薬に関係していたというのだ。そしてその麻薬には組織の大ボスの通称『ふとっちょ』が絡んでいる。

この作品の名場面と言えば、薬師丸ひろ子が機関銃を乱射し『快感…』とつぶやくシーンでしょう。このシーンは当時のCMにも使われ、ポスターもこのシーンの『写真とコピー』という、日本映画史に残る、名シーンといえるでしょう(←力説!)

この作品はメディアミックスの走りともされ、主題歌を薬師丸が歌い、雑誌やTVとのタイアップ企画が様々行われました。当時の角川映画は映画よりも、広告などにお金をかけると言われるほどでした。しかし、この作品は元々アイドルだった薬師丸ひろ子が、セーラー服で機関銃を構える姿のミスマッチから、公開すると大ヒット!世にアイドル・薬師丸を印象付けたのです。

『セーラー服と機関銃』は映画化を前提に、赤川次郎が書き上げた小説が原作。初めから薬師丸主役が決まっていたので、赤川次郎自身も薬師丸に会うような主人公として書き上げたと言うことです。

セーラー服を着た薬師丸ひろ子は、背が小さく本当に『少女』という雰囲気です。もちろん当時17歳ですから『少女』でもぴったりですが、ショートカットの女の子に、ヤクザの組長の組み合わせは、本当に違和感のある感じです。

作中でも等身大の女の子を演じているのですが、今見るとやや子供っぽく見えてしまいました。ただ、この当時から持っていた薬師丸ひろ子独特の目力は、この作品でも生きていて、場面毎の感情を表す重要な要素となっています。

この作品は、星泉という少女が大人の世界に立つ、その瞬間を描く成長物語。そのことを表すのが、渡瀬恒彦演じる佐久間と、謎の女・まゆみの二人に対する泉の気持ちです。

ここでは、まゆみが母親、佐久間が父親、の虚像として、泉の心に写され、やがてその二人から巣立ってゆく、そのことが泉を一人の『女性』として独り立ちしたときです。

だからこそこの二人は、物事の裏の面を泉のために引き受け、泉を守ってくれるのですが、泉自身はそのことを、『汚い』や『ずるい』と受け止め反発します。しかし、二人を知ることで人間が生きることの大変さや、きれい事では住まない理不尽さもある事を知るのでした。

物語の主人公にはもう一人、渡瀬恒彦演じる佐久間がいます。目高組の若頭として組存続のために生きる男ですが。こちらはヤクザという生き方しかでいなかった男が、泉の中の純粋さにふれ再生していく男。ある意味では泉に対する保護者として、生き方を問われた男だと思います。

そして、泉と佐久間の二人が演じるラストシーンは、ちょっともの悲しく、切ないシーンです。

伝説的な機関銃のシーンでは、爆破した際にビンの破片が、薬師丸の頬をかすり、うっすらと血がにじむと言うハプニングがあり、DVD等でも確認できます。今でも薄く傷が残っているということですが、このハプニングのおかげで迫力は増しています。特にこのシーンはスローモーションだったので、頬に血が写っているのはメイクと思った人も多いようです。

エンドロールは相米慎二監督お得意のロングショットの長回しで、赤いハイヒールを履いた薬師丸を延々と写し続けるシーン。こちらでかぶせられるナレーションと相まって、泉がちょっとだけ大人になったことを感じるエンディングです。

この作品の後、薬師丸ひろ子は大学受験のため、芸能活動を一時休業。ファンお前に現れるのは2年後の『探偵物語』、今度も等身大の女子大生の役でした。女子大生となった彼女は、ちょっと大人びて見えました。

PS.小説ではその後の星泉の物語も出版されています。『卒業-セーラー服と機関銃・その後』です。星泉がその後どうなったかを知ることが出来る小説です。

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【お勧め未公開映画】『スケルトン・キー』

日本では劇場未公開のままDVD販売された、劇場未公開作品を紹介するお勧め未公開映画の第3弾!

今回は『スケルトン・キー』です。

ケイト・ハドソン主演のホラー系作品。

看護師のキャロライン(ケイト・ハドソン)は老夫婦の家で介護をすることになった。夫のベンは病気の後遺症で、体が不自由で、話すこともままならなかった。しかも時折発作を起こし、暴力的になると言うのだ。そして彼女は夫人のヴァイオレットから1本の鍵を渡される。この家の何処でも開けられる鍵だが、屋根裏の部屋だけは入ってはいけないと言い渡される。

しかし、ある日キャロラインはベンから、『早くこの家から逃げろ』といわれる。この家の顧問弁護士によると、この夫婦の住む家はかつては奴隷達を虐待した地主がおり、怪しげな式を夜な夜な行っていた家だという。そしてその儀式が行われたのが屋根裏部屋なのだ。

そのことを知った後、キャロラインの身の回りにも不可思議なことが起き始める。それは、かつてこの家の主人が行っていたブードゥーの儀式に関係する物だった。

ケイト・ハドソンはどちらかというとラブコメ系の明るい役のイメージが強いのですが、『サハラに舞う羽』などではしっかりとした演技も披露し、kainも好感を持っている女優です。

そのハドソンがホラー系の作品に初主演したのがこの作品。南部の片田舎でブードゥの恐怖が彼女を襲います。

主要な出演者は4人。看護婦のハドソンを除くと老夫婦と弁護士。ホラー映画と言うよりは、恐怖映画あるいはスリラー映画という部類でミステリーの要素が強い作品らしく、一癖ありそうな役者達がキャスティングされている。

特にヴァイオレット夫人を演じるジーナ・ローランズ。『君に読む物語』で痴呆の老人を見事に演じていたが、今回は謎を持つ老婦人であり、意地悪そうな感じが非常によい。

さて、この作品が劇場公開されなかった点を考えると、一つは俳優陣に、これと言った日本人受けするキャストがいないこと。もう一つはブードゥについて日本ではあまり知られていないこと、さらに3点目として、南部での人種差別の知識が日本人には欠けていること、ではないだろうか。

この作品で取り上げていることが、ブードゥと人種差別に関係すると言うことで、日本人受けしないと考えられたのではないかと思う。

しかし、この作品をみると、確かに日本人には分かりにくい部分もあったが、ミステリ・ホラー作品として良くできている。ラストの展開などは、『やられた!』と感嘆せずにはいられなかった。

これには、登場している役者陣の演技力もしっかりしているから、物語に引き込まれたのだと思う。kainとしては劇場公開されなくても、十分に出来の良い作品だと感じました。

一見のどかな田舎町、そこで行われている恐ろしい陰謀を、あなたも是非体験してください。ラストの選択は誤らないように…

PS.未公開映画は結構いい作品が在るのですけど…

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『後期高齢者医療制度』問題について考える

後期高齢者医療制度で、告知不足による混乱が予想以上に大きな物となっている。

後期高齢者医療制度は約3年前に導入が決定していたが、この制度の導入に関しての広報が、一般にはもちろん対象となる高齢者にもなされていなかったことが、今回の混乱の原因である。

厚生労働省(厚労省)は、10日になって急遽、旧健康保険証でも負担を1割にする臨時措置を打ち出したが、この泥縄ぶりは批判されてしかるべきである。

しかし、混乱は保険料の徴収でも発生しており、『後期高齢医療制度』自体が『円滑に実施できているのか?』と言う疑問符が付いている。

そもそも、後期高齢者医療制度は増え続ける医療費に関して、一部受益者負担の原則を導入、医療費が多くなる後期高齢者に、その一部を負担してもらおうという考えが元になっている。

しかし、現在の経済状況を考えると、この制度自体が数年で破綻することは目に見えている。特に、年金からの徴収に関しては、年金のみで暮らす人にとって今まで以上の負担となる実態がある。

そもそも、高齢者の医療費が増加したことには、急激な少子化による健康保険加入者構成の高齢化も原因の一つである。現在の厚労省がモデルとしている、2030年までの人口構成自体が、すでに少子化のペースを読み誤っており、同様のシステムである介護保険やこの高齢者医療制度の、将来的な負担増はさらに大きくなる可能性がある。

『医療機関に対して、必要な医療という物を適正な価格で提供する、この事で適正な医療費の水準に変えていく』と言う、経済モデルがこの制度の根本となっている。しかし、今回の問題は『年金のみで暮らす世帯が本当に健康保険を支払うだけの余力があるのか?』という視点が欠けていると言わざるを得ない。

もちろん、かつての様な医療費の無駄使いを野放しにさせてはいけない。しかし、改革の目的を忘れ、制度の導入のみを急いだ結果、今回の混乱をもたらしたいる。

つまり、元々の制度の考えでは、『収入がある世帯』というのは自営業や会社役員など、経済的に余裕のある層を想定していた。しかし、制度を煮詰める段階で『不公平だ』『年金も所得』と言う、誤った負担公平論が制度に組み込まれてしまう。実際には負担の出来る所得はどの水準か、また、負担してもらうべき医療水準は、等をしっかりと議論するべきであった。この点では、今になって制度反対・廃止を唱えている、野党の責任も無いとは言えないだろう。

一方、穿った考えだが厚労省自身は、今回の混乱をある程度予測したのではないだろうか。周知期間があるにもかかわらず、それを殆ど行ってこなかった。特に窓口となる地方自治体にも、詳しく説明していないなど、制度の導入に対して円滑に進めようとした跡が見えない。

窓口や徴収が地方にされたことを今回の混乱の原因とし、それらの業務を本庁に戻させようとしているとは考えられないだろうか。

厚労省は、国土交通省(国交省)に次ぐ利権の集まる省庁である。薬害の問題を初め、製薬業界や医師会などとのつながりも強い。このため、各業界への天下りが多く、各団体の意向に沿うような動きの多い省でもある。

今回は、医療費の原資となる年金からの徴収に重きを置き、医療を受ける側に対するケアが全くなされていなかった。この1年は年金の問題がクローズアップされ、その対応に右往左往している。この問題も、年金が誰のためであるのか?と言う視点を忘れ、自己保身のために表面上を取り繕うような対応をした結果が、年金の問題を大きくした。

この点では、数々の問題を引き起こしていながら厚労大臣以下の職員全員が未だに『親方日の丸』あるいは『官尊民卑』の考えから抜け出せていない、と言わなければならない。

その結果厚労省は、社会保険庁改革でも医療費改革でも、政治家に主導権を握られている。それに対する反撃の可能性は考えておかなければならない。

今の日本は、様々な問題がありながらその対応に、明確なビジョンを持ち合わせず、場当たり的に対処する状態になっている。特に小泉政権での急速な改革、その後、負の部分が見えると一気に反動する。これでは、これからの日本社会をどうすべきなのかが、全く見えない。

厚労省は、かつては少子化対策として『エンゼルプラン』を策定。しかし、その後業者との癒着が発覚。介護保険問題でも、同様の案件が報道されていた。

これらは厚労省自体が、『公共事業統括官庁』であることを表している。新たな政策を策定する段階で利権を生み出せる、という面である。その視点で見ると、老人医療費の抑制により、医療報酬を受けられたくなった病院や医師会に配慮した結果が、この後期高齢医療であるように考えられる。

今年導入された、通称『メタボ検診』は少子化により受診数が減っている、定期健康診断を補填する制度とは考えられないだろうか。(ちなみにkainはややメタボ…)

いずれにせよ今回の制度については、支持率低下を心配する与党の思惑もあり、早急な見直しを迫られるであろう。特に年金世帯に関しては、何らかの減免措置がとられると思われる。しかし、この時も、表面だけではなく本質を考えるようにしてもらいたい。

現在、扶養家族とされている老人から徴収すると言うことは、現役世代が負担することと変わりない点、あるいは年金支給額にかかわらず一定額の負担をする点、等々問題点は多く存在する。もっと大きな視点に立つと、諸外国では老人医療が無料あるいは低く抑えられている現状をどう考えるのか、など日本全体の事も考えるべきである。

今の時点で混乱している部分だけを考えるのではなく、全体の医療保険の中で、老人に対する医療をどうまかなっていくのか、と言う点をしっかりと認識した上で議論してもらいたい。

PS.年金からの天引き等と言うことは、55体制下では絶対に不可能だった。昔が良かったと言うつもりはないが、政治の混乱が市民生活の足かせになってきているのではないだろうか。

また、年金という物は、これまで社会を支えてくれた人に、安心して老後を暮らしてもらうためにあったのではないだろうか。天下りで、2・3年つとめれば莫大な退職金をもらえるお役人は、老後の心配等したことが無い、と言うことか…

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kain

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はじめてみた出来事

今日、新幹線に乗っていると、ある駅に到着直前、ホームに10人ほどの男性の集団が。明らかに堅気とは思えない、いかつい体格と迫力ある表情。

その集団はkainの乗っている車両を待っている様子。

柔道の無差別級にでも出場できそうな人だけでも3人ほど、黒っぽいスーツと言うところが、より迫力が増している。

停車直前に、集団のうち3人ほどが挨拶をしている。後の7人は列車に乗るのだろう、1人を6人で囲んで列車の停車を待っている。

新幹線が止まると、7人が乗り込もうとしてる。その様子を良く見ていると、周りを囲まれていた男だけが、ジャージみたいなのを着ている。この男だけひょろりとして、迫力の無い男だった。

さらによく見ると、その男の手元が隠されている。そして、男の直後の若い男の手元には、青いロープが見えその先は、やせた男の腰辺りに隠れているようだ。

そうなんです、犯人の護送だったんです。

テレビなどでは管轄外のどこにでもパトカーで向かいますが、実際には鉄道や飛行機を使うということは聞いてはいました。でも見たのは初めてでした。

ドラマなどでは、犯人が暴れたりして逃げ出したりしますが、今日見た警官達が相手では、暴れることも出来そうにありません。

それに駅のホームに立っているときから、どこか雰囲気が違っているんですよね、普通の集団とは。仮に振り切っても手錠とか、腰縄があってはどうしようもないですね。

kainのみた初めての出来事でした。

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『モンゴル』を見ました

浅野忠信が主演し、アカデミー外国映画賞にもノミネートされた『モンゴル』を見ました。

9歳のテムジンは妻を選ぶため、父と共にある部族を訪れた。そこで出会ったボルテを妻として選ぶ。そして5年後に迎えに来るといって、自分の部族へと帰っていった。しかし、その直後部族の長でも会った父が急死、テムジン親子は部下の裏切りにあい、草原に置き去りにされてしまう…

テムジン、後のジンギス・ハーンといえば世界最大の帝国を気づいた人物そして有名であるが、この作品はモンゴル統一直前までの描いている。そして

作品の構成はかなりリアル志向。その為英雄譚を見たいと思って劇場に足を運んだ人にとっては、ちょっと肩透かしを喰ってしまうだろう。

特に、浅野忠信は登場から殆どの場面が苦境の連続のため、『本当に主人公か?』と言うほど、オーラの無い薄汚れた男のように見えてしまう。事前情報が少なく、アカデミー賞ノミネートでこの作品を知り、ジンギス・ハーンをテーマにした作品の主役と聞くと、颯爽と馬に乗り威風堂々とした感じは、殆どありません。

ただし、それを持ってつまらないというわけではありません。衣装や生活ぶりはもちろん当時の雰囲気を伝えているし、おそらくは少年時代は苦難の連続だっことも(ここの内容は別にして)事実でしょう。

ただ、冒頭にあるような、西夏に捕らわれていたというのはフィクションではないかと思います。もともとテムジンはモンゴル民族を統一する直前までの彼の歴史は良く分からない部分ではありますが、このくだりに関しては、モンゴルの伝承などを元にしたのではないでしょうか。

またジャムカとの闘いについても、やや史実と違っている気がします。

さて、日本人の浅野忠信主演と言う面が大きく取り上げられていますが、その他の出演者もいい演技をしてました。また、中国&モンゴル人俳優達は日本ではあまりなじみは無いと思いますが、今回のテーマでは見事なまでに違和感の無い演技を見せてくれます。

とくにボルテを演じるクーラン・チュランは、神秘的な雰囲気を醸し出し、献身的に夫を支える一方、モンゴルの伝統をわきまえた女性として描かれ、見事に表現していました。

実はこの作品を見るにあたり思い出したのが、井上靖の小説『蒼き狼』です。昨年公開された映画『蒼き狼 地果て海尽きるまで』は見なかったのですが、この小説の中でも、ボルテはカリスマ的な女性として描かれていたと記憶しています。

この小説を読んだ感じと、映画の作品の雰囲気がかなりマッチしているように感じました。

リアルさを追求する一方、合戦シーンやテムジンのカリスマ性を感じさせるところでは、意図的に派手な演出などを使って見せています。終盤の大人数による合戦シーンはかなり見ものでした。

全体としてテムジンの指導者へ上り詰めるまでの物語といえるでしょう。テムジンという人物の生い立ちを知る上では、完成度の高い作品だと思います。

PS.ただし、ラストのエンド・ロールの際に流れる音楽は、日本人的に考えるとちょっと合っていない様な気がしました。

http://mongol-movie.jp/

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【番外編】クローバーフィールド

本日、出張から帰ってくると、『映画生活』と書かれた封筒が届いていました。

『映画生活』とは、映画情報のサイトで、kainも良く見させていただいているサイトです。

中身を確認すると、『クローバーフィールド』のプレスとTシャツでした。プレゼントに応募していたのが当たったのでした!

このTシャツが凝っていて、ポスターなどでおなじみの首をもぎ取られた自由の女神型にパッケージングされています。

プレスは総ページ数B6サイズの31ページと、中々立派な出来でした。

作品の出来も良く、プレゼントも貰ったのでなんか得した気分です。

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kain

プレゼントを貰った映画生活はこちらです

新作映画情報「映画生活」(http://www.eigaseikatu.com/)

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三角あぶらあげ&知事じゃなくとも地元・宮城の宣伝マン

三角あぶらあげ 定義とうふ店 110円

仙台市青葉区大倉上下下道1-2

昨年のM-1グランプリで優勝した、サンドウィッチマンを最近よく見かける。

彼等が地元仙台を紹介するときに必ず登場するのが、定義山(じょうぎさん)の『三角あぶらあげ』。あぶらあげと言っても、普段スーパーで目にする薄くて中が空洞の物ではない。あぶらあげに豆腐を入れたような感じで、食べ応えのある大変おいしい物だ。

定義山ではこれを目の前で上げてもらい、唐辛子と特製の砂糖醤油をかけて食べることが出来る。

これがうまい!

食べたことのない人には申し訳ないが、この美味さは一度味合わないと損!

熱々の三角あぶらあげは、お値段も高くないですし、是非一度味わってもらいたい食べ物です。場所は仙台市内から車で約1時間。定義山あるいは定義如来を目指してもらえばたどり着けます。

ちなみに宮城には海の幸・山の幸が大変豊富である。海の物ならホッキ貝やサンマ、kainは食べないがホヤ、他にもいろいろ。山の物としては豊富な山菜や蔵王高原チーズ&牛乳等々。

8日のバラエティでもサンドウィッチマンが地元のおいしい食べ物を紹介していたが、彼等にはこれからも宮城の宣伝をどんどんして欲しいと思う。

もちろん代わりに地元に帰ってきたときには大歓迎で迎えるし、DVDなどが発売されたら購入して彼等の活動を応援したいと思いまーす。

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kain

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北京オリンピックについて考える

チベットに対する中国の弾圧から、北京オリンピックに対する聖火リレーが

様々な抗議・妨害にあっている。

そもそも2008年のオリンピックはアジア開催が有力とされ、その中でも発展著しい中国は国を挙げての開催誘致活動を行った。その結果見事開催を決定したわけだが、当初から中国の人権問題など開催に向けた問題点が、数々指摘されていた。

特に人権問題と環境問題は中国にとって、諸外国からたびたび指摘を受けながら、対応を後回しにしてきた過去が、現在のチベット問題をきっかけにアメリカや欧米で、対中強硬論者達を勢いづかせている。

今回チベットの暴動に際して、マスコミに対する報道規制も加わり、中国の人権弾圧に対する疑念は深くなっていると言える。

そもそも、中国当局の言う『民族』分断を狙っているという理屈自体が、歴史的には通じない理屈である。古くは春秋戦国の時代から、チベットとは蛮族の地とされ、中国人(漢民族)ではないとされていた。

しかし、共産党政権は豊富な地下資源と、地政学上の優位を獲得するためチベットに対し圧力をかけ、人民解放軍を駐留させチベットの傀儡自治政府をたてて、正当なチベット政権とした。

もちろんチベットの本来の政権は、現在亡命中のダライ・ラマ14世率いる亡命政権であり、宗教上の指導者も兼ねている。だが、中国当局は宗教上の指導者として、新たな指導者となる、パンチェン・ラマを選出し、彼こそがチベット仏教の指導者であるとした。

共産党による思想教育を受けたこの指導者の発言は、基本的に漢民族化を進める物であり、本来のチベット仏教の教えにはそぐわないことが多い。この事が、今回暴動を起こした若い僧侶らの不満の一つとなっている。

チベットに対する弾圧は、中国当局が今までも行っていたが、今年はオリンピックを控え、抗議行動など活発化する可能性が早くから指摘されていた。

その警戒の中で発生した暴動に、中国当局は驚きと脅威を感じたのだろう。厳しい情報統制を、海外のメディアにまで及ぼし、徹底した情報管理を行おうとした。この点では、まずいことを隠そうとする中国当局常套手段であったが、暴動自体を抑えることが出来ず、中国本国に飛び火するという予想外の結果が、事態の深刻さを表している。

一方、海外の人権団体も一斉に中国批判を始めた。その格好のアピール場所となっているのが、『聖火リレー』である。

点火式の時から、欧米の人権団体が抗議活動を実施、今では抗議活動の過激さを競うように、様々な妨害活動を行っている。これに対して、ダライ・ラマは妨害をしないように呼びかけているが、肝心の中国当局が火に油を注ぐような発言を行うため、抗議活動は一向にやむ気配がない。

中国当局の報道官は『オリンピックを利用した抗議活動はするべきではない』と連日強弁するが、言い換えればそれだけ抗議活動の激しさを感じていると言うことだろう。

またオリンピックを利用して、中国の国際的地位をかう率使用としていることも事実であり、オリンピックが政治の道具となっている今、抗議活動を闇雲に批判する中国の姿勢は、国際社会の常識とかけ離れている。

ただし、抗議活動のあり方については問題のある方法も見受けられる。特に聖火ランナーにつかみかかり、成果を奪おうとする映像を見たが

その聖火ランナーは14・5歳の少女であった。

このような暴力一歩手前の妨害行為は、認められるべきではない。つかみかかったりするのであれば、せめて中国の軍当局が送り込んだと言われる『聖火防衛隊』にして欲しい。

オリンピックを楽しみにしている一般の市民、そしてその代表として走る聖火リレーのランナーには怪我などさせないよう、注意してもらいたい。

話を戻して、今回のオリンピックを控え中国が国を挙げて様々な改革委取り組んできたことは、認めなければならないが、同時にオリンピックを開催できると言うことで、中華覇権意識も増長されてきていると言わなければならない。

今年話題になった『ギョーザ問題』等でも、事態を把握する前から中国に原因はないと強弁したことなどは、その現れだろう。

また昨年温家宝主席が訪日した際、外交儀礼を無視して天皇に直接訪中を促すなど、傲慢ともとれる外交スタイルがみられる。これには経済的に発展し、世界経済の牽引車となっている実態と、オリンピック開催によって世界の先進国な仲間入りを実現した自負もあるのだろう。

しかし、国内を見れば沿海部と内陸の経済格差や共産党高官による汚職の蔓延、世界経済に組み込まれながらも、市民の意識が国際的な権利などを無視し続ける風潮など難問山積でもある。

数年前の反日暴動、今回のチベット暴動も中国国内ではきわめて少ない情報しか報道されていない。しかも、その情報も当局に都合の良いように編集された物だけである。

いつも言われていることだが、アメリカを初めとした西側諸国の人権に対する考え方と、中国の考え方は大きく異なっている。また共産党1党支配という政治体制下では、社会の不満による暴動やデモなどが、直接政府批判となることも考えられる。

その前提に立つと、中国での人権という物は共産党指導体制の元で保障される人権と言うことになる。共産党批判や体制批判をするような集団や発言に対しては、当局による取り締まりの対象となるのである。

このような事件が『法輪講』事件である。一種の宗教団体であるが、弱い調子ながらも体制批判を行う集団であったが、その参加者が増えてくると、当局が突然非合法集団として摘発した事件である。

今回のチベット事件でも中国当局はダライ・ラマ一派による先導があったと連日報道している。これはチベット問題を国内向けには、分離独立を企む手段が起こした事件だと思わせたいのであろう。

しかし、上にも書いたとおり、中国の長い歴史上チベットを中国の一部として統一した過去はない。しかし、今日の中国は少数民族を含めた膨大な多民族国家である。この為チベットの独立問題は、ウイグル族などの他の民族運動に繋がる可能性も秘めている。中国当局の強硬姿勢はこのような問題を抱えていることもあるのだろう。

さて、今回のオリンピックに関してであるが、今日の中国が世界に与えている影響を考えると、日本も含めた各国はあまり強硬な姿勢で臨むことは出来ない。また、中国にとっても、これ以上オリンピック前に問題を大きくするつもりは毛頭無いであろう。

日本・韓国など経済的に発展してきたところで、オリンピックを開催。その後国際的に認知される国となって行くという、ひとつの道筋があるのも事実。中国もその道筋を狙っているのであろう。

このオリンピックを気に、いわゆる国際標準に近づくように国内の体制を整える覚悟があるのか?この点はまだまだ疑問の残るところであるが、オリンピック後の体制に変化があることは間違いない。

ただ、人権団体にとっては今が格好のアピール時期でもある。今回は聖火のリレーがまともに行われない異常な事態となっているが、この事に関しては中国当局に一義的な責任がある。しかし、開催を決めたIOC、ここ数年中国との経済的結び付き重視するあまり、人権問題を棚上げにした欧米各国も責任の一端を担っていることを忘れないで欲しい。

ただ、今回の事件で中国が抱えるチベット問題が広く世界中に知れ渡ったことが、この問題の解決に向けた一歩を踏み出す機会になるのではないだろうか。

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kain

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日銀総裁問題について考える

日本銀行の総裁問題が、混迷を続けている。

サブ・プライム問題を初め世界経済の混乱が続く中で、日本の中央銀行総裁の空席という異例の事態となっていた。

事の発端は前川前総裁の後任に財務省(旧大蔵省)出身者を就任させたい政府与党と、財政と金融の分離を進めたい野党・民主党の意地の張り合いである。ここに、ねじれ国会による与野党対立の激化が加わり、日銀の総裁空席という事態を招くに至った。

元々、前川総裁の任期切れはすでに確定していたので、空席の事態となったことは与野党共に強く反省する必要がある。しかし、この問題は今回任期が切れたと言うだけの表面的な問題ではない。

元々、日銀は政府からの独立が非常に重視されるべき組織である。これは戦前の金融政策が国策に左右されたことを反省し、自主独立で金融政策を実施することが日銀の目的だからである。

しかし、日銀の歴史は、政府からの干渉の歴史でもある。古くはオイルショック時の国債引き受け問題や最近では日銀による銀行救済策の策定など、時の政権に都合良く利用されている面がある。一方でバブル時代には、独自の金融政策を実施『日銀の鬼平』と呼ばれた三重野総裁の下、バブル収束への舵を切る原動力となってもいる。

世界的に見ると、政府と中央銀行は密接に協力して財・金の連携を図る傾向は強まっている。しかし、それは中央銀行総裁の経済分析と、政府の経済分析がある程度一致している場合である。

日本では政府の経済分析が、政権の状況に左右されることが多く表面的には協調と言いながら実態では、政府が日銀を従わせようとする傾向が強い。この為日銀の世界経済における地位は、日本の経済規模に比べて大変低く、金融政策の国際協調に際しても、日銀の意向が無視あるいは軽視されている。

そのような日銀内において大きな問題となっているのが、今回もめている総裁人事である。ここ2代は日銀出身者が総裁となっているが、これは大蔵省の接待疑惑などで、財務省出身者の総裁就任を自粛せざるを得なかったという事情がある。その為、財務省は今回の総裁人事で財務省出身者の総裁就任を画策していた。

結果はご存じの通りだともうが、参議院では白川副総裁のみ同意し財務省出身の2名は不同意となった。

この時点から政府の迷走が始まる。日銀の総裁は、国会の同意人事である以上、政府与党が『良』としても、参議院の過半数を握る野党の同意がなければ成立しない。

にもかかわらず、2度目の人事案でも財務省出身者を提案、もちろんこれは不同意。

民主党は財・金分離を強く言い出したのも、この時期である。

政府はこの野党の要求を知りながら3度目の人事案で、副総裁に財務省出身者を提案した。これは総裁・副総裁2名の計3名のうち、一つは財務相のポストとし、次回には副総裁から総裁への昇格で、総裁ポストを獲得しようとする意図が明らかである。

このように日銀に対する政府(あるいは財務省)のポスト欲は異常なまでに強い。これは経済運営に財務省・日銀の連携(あるいは一体化)が不可欠と考えているのが原因である。

さて、それではこれまではどうだったか。実は日銀はかなり政府との連携を図っていた。特に金利に関しては政府に引きずられる様に低金利政策を実施し、政府の国債発行コストを引き下げる要因となった

一方で、金利の低下は市民生活を直撃し、格差や高齢化社会の問題などが表面化した。この際に、日銀に対して金利の引き上げ圧力が高まったが、政府の強い『要請』があり、先送りする事態が続いた。

今回民主党が日銀の独立性を強く主張するようになったのは、この辺がポイントではないだろうか。

サブ・プライム問題が発覚したことで、その現況は、日本の低金利が世界的な資金需要を呼び起こし、一種のバブルを発生させていたこと、そしてその結果アメリカの住宅市場からあふれた資金が、石油や食物に流れ価格が高騰する原因となったことなどが、連日の報道でも明らかになった。

しかし、世界経済が混乱した今となっては、日銀による金融引き締めは不可能に近い状況となっている。今、金融引締め策をとれば、アメリカ経済や巨額のファンド資金に大打撃となり、いっそうの混乱に拍車がかかる。さらにオイル市場の混乱は中東での、政治不安をいっそう助長する可能性も見過ごせない。

従って、日銀としては引き下げ圧力をかわしつつ、今の金利水準を出来るだけ維持するしかない、手詰まり状況に近い状態である。ここ数年のうちに必要な金利引き上げなど行っていれば、もう少し金融政策面からの手も打てた可能性は高かった。

このように、政府の意向に沿いすぎると金融政策の観点からも問題が多く、また、場合によっては政府の無理な政策を後押しさせられ、その付けをおわされる可能性すらある。(バブル後の不況については、日銀の金融政策のせいであるという国会議員や財界人は多い)

さて、それでは今回の問題に関してはどうか。一部マスコミでは『民主党が同意しないのがおかしい』などというコメントを聞くが、国民生活を盾に取り無理を通そうとしているのは政府・与党である。国民の生活を考えれば、今ここで財政と金融の分離をしっかりとした物にしておかなければ、これから訪れるサブ・プライムバブル処理の問題に機動的に対処でき無い可能性がある。

また、民主党は早い段階から財務省出身者については『同意しない』と言っており、この主張にブレがないことから、政府の提案する人事案に問題があったことは明白である。しかも、この問題を初めにこじらせた原因は、与党による衆議院における2月末の強行採決が原因である。お互いに話し合いで進めるという前提を、野党に対する不信感から与党が強行採決を実行。これ以後、野党にとっては協議をすること自体が『政府与党に妥協することになる』という雰囲気となってしまった。

確かに、今日・明日の問題としてしか捕らえないのであれば、G7の近づいているという理由も有り、速やかに総裁を決定すべきだろう。しかし、これからの日本を考える場合には果たしてそれで良いのだろうか。政府財政当局と連携をすることと、従属をすることが全く別物であることに、一部のマスコミは気づいて無いのではないだろうか?

それとも、放送免許の更新などで脅された過去が、トラウマとなっているのではないか。

とにかく、今回は与野党大激突という中で、日銀のあり方について政府からの独立をどう担保するのか、と言う問題が大きく取り上げられたことは、これからの日本経済にとっては実りある物だと思う。

さらに踏み込んで、日銀とはどうあるべきか?日銀総裁にふさわしい人物の資質は?等も議論されれば、より効果的であったと思うが、そこまで一気に進むのは無理だったと言うことだと思う。

いずれにせよ、事がここまでこじれた以上、何らかの妥協は必要があるだろうが、日銀にとって大切な事はなにか、と言う点を忘れないようにして、与野党とも妥協点を探って欲しい。

kain

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【心熱くする作品】『蒲田行進曲』

映画発祥の地としてあげられる場所の一つが東京の『蒲田』。

かつては撮影所があった蒲田も、今ではその面影はなくなっています。

そんな蒲田を舞台に、売れない大部屋役者・ヤスを描いた作品が『蒲田行進曲』。

日本アカデミー賞も取った名作です。

大部屋役者のヤスは、大スター銀四郎、通称・銀ちゃんの腰巾着として、撮影所で過ごす毎日。しかし、銀四郎が撮影中の新撰組作品では、見せ場の『階段落ち』が出来る役者が不在で、撮影が進まない。また、銀四郎は新しくできた恋人のために、今までつきあっていた小夏を、ヤスの嫁として結婚しろという。しかも小夏は妊娠していた。

 しかし、ヤスは小夏と結婚し、生まれてくる子供のために危険な役もこなし、一生懸命に働くのだった。初めはヤスを見下していた子夏もそんなヤスに少しずつ惹かれていく。

 そして、明日にでも子供が生まれると言うとき、銀四郎の映画の『階段落ち』が取りやめ、銀四郎の見せ場が全くなくなることになった。そんな銀四郎のために、ヤスは、自分が階段落ちをやると言い出す。

生まれてくる子供のために危険を冒すなと言う小夏。自分のために無理をさせてしまう銀四郎。そして、危険と知りつつも銀ちゃんのために挑戦するヤス。それぞれの思いが交差する夜、雪の降りしきる中、撮影が開始される。

この作品はつかこうへい原作の舞台が元になっており、映画作品としては松竹が製作しています。しかし、皮肉なことに劇中で語られる撮影所のシステムは『東映』の物です。

この『蒲田行進曲』と言えば平田満の『これが、これなモンで』と言う台詞や『銀ちゃん、かっこいい!』あるいは『ヤス、のぼってこいヤス!』という名台詞満載。

風間杜夫演じる銀ちゃんはちょっと垢抜けないスターだが、とにかく鼻につくタイプ。スターであることをひけらかし、周りの迷惑なんて関係ない。

一方、ヤスは田舎から上京して、とにかく役者になりたい、その思いだけで頑張る純朴な男。これがまさにはまっている。平田満の容姿などが脇役的で、本当の大部屋役者的なこともあり、きっと大部屋の役者はこうだろうなぁ、と思わせる。

小夏演じる松坂慶子。今ではすっかり貫禄が付いて母親役などが多くなったが、この当時はスタイルの良いセクシーな女優。この小夏とヤスの組み合わせは、まさに『月とすっぽん』。しかし、そのように組み合わせが、じわじわと涙を誘う。

とくに、階段落ちの撮影に行くヤスに

『今日だけは、帰ってきて欲しいんだなぁ…』と、悲しげにお願いする時、小夏のヤスに対する気持ちがひしひしと伝わってきます。どんなに危険でも『撮影に行くな』とは言えない。しかし、ヤスと小夏、そして生まれてくる子供との生活を失いたくはない、ここは泣ける場面の一つです。

そしてそうしても空ら無ければ行けない階段落ち。作品で見れば分かるのだが、この階段本当に高い、あり得ないほどの高さ。本職のスタントも断るというのにも、説得力がある。

そんな階段落ちのシーンだが、このシーンは傑作中の傑作。恐怖を紛らわすとするヤス。その気持ちを察しながら、ヤスに気合いを入れる銀四郎。お互いの友情を信じ、危険に臨もうとする心を、大げさではなく表現。階段から落ちた後、銀四郎の目とヤスの目で交わされる、男の友情。これを見て泣かないような人は、まずいないはずです!

派手な演出はなく、どちらかと言えばコメディ色が強い作品ですが、映画を愛する人々の物語、あるいは役者馬鹿一筋的な内容で、心の琴線をふるわせること間違いなしの名作です。

PS.kainはこの作品を見ると、日本一の斬られ役・福本清三さんを思い出します。

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映画『靖国』事件について考える

今話題になっている映画で『靖国/YASUKUNI』という作品がある。

かなりの映画好きになれば、ベルリン映画祭&香港映画祭で賞を取ったと言うことは知っているだろう。

しかし、一般の人にとってこの作品を知ったのは、最近のニュースとしてだと思う。

●「靖国」上映中止、新聞労連などが抗議声明

http://news.nifty.com/cs/domestic/societydetail/yomiuri-20080407-00608/1.htm

●<映画「靖国」>上映中止で抗議 民放労連

http://news.nifty.com/cs/domestic/societydetail/mainichi-2008040800m025/1.htm

●『靖国』が上映決定!支援ぞくぞくと…5月から全国で順次公開

http://news.nifty.com/cs/entame/moviedetail/cnmtoday-N0013435/1.htm

さて、今回の事件は『右翼』と称する連中が、映画館の前で『街宣』と称する、暴力行為に及んだ結果である。彼等は、『街宣』活動も表現の自由の上で認められると称しているが、であれば、たとえ反日的な映画や意見でも、表現や公開の自由が認められるべきである。

また、今回の場合、映画館側は警察に通報しているが、日本の警察は基本的に右翼に対して取り締まることが無く、今回も騒音を馬鹿でかい音を鳴らしているにもかかわらず、『この程度では取り締まれない』として、何も行わなかった。

実はこの問題がこのように大きくなったのは、この事件の前の一件が引き金である。それは国会議員・稲田朋美による『検閲』まがいの、試写会の開催要求だ。

文化庁の支援金が使われていることを理由に、公開前の作品を稲田朋美が試写を要求し、制作/配給会社が試写会を開いたという物だ。開催を主張した稲田朋美は、『公開を差し止めるつもりはなく、検閲には当たらない』と発言しているが、試写後の発言では、反日的な表現があったことを臭わせるなど、明らかな圧力を感じさせた。

また、同じように渡海文部科学相も、ポスターやスタッフロールの文化庁の表現についてクレームをつけるなど、明らかな『検閲』後の対応を示した。

『公開を取りやめるようなことはしないで欲しい』とは件の稲田朋美の発言であるが、であるならば自身が映画館の前に立ち、エセ『右翼』の街宣車を排除するくらいのことを行うべきではないのか?

かつて、三島由紀夫は市ヶ谷の駐屯地で自衛隊に決起を促したとき、従う自衛官はいなかった。自らの過ちを知った三島の取った結末は、その行動は別として、潔いと言うことでは万人が認めるだろう。

決して、自分の意見に従わないからと言って他人を傷つけたりすることを彼は選ばなかった。そして自らの間違いは自分で償ったのだ。

今回、試写を要求した連中はこの結果に対してどの様に報いるつもりか、またエセ『右翼』の連中は、自らは表現の自由と言いながら、他者の表現の自由を侵す、この愚かさに気づけないのは、哀れみを感じるしかない。

しかし、この問題は一個人や政治団体の問題ではない。

同様な事件で、日教組の教研集会をプリンスホテルが、旅館業法に違反してまで拒否したことと合わせると、この国が表現の自由に関して本当に自由であるのかと言うことに疑問を感じる。

憲法においては、公共の福祉に反しない限り保証されるとなっているが、今回の問題や日教組の問題を考えると、国家権力によって恣意的に『公共の福祉』が制限されているのではないだろうか。

皆さんはエセ『右翼』の街宣車をどう思うだろうか?

少なくても、あの大音量は『公共の福祉』に反しているのではないだろうか?

また、街宣車に使われている車は、きちんと整備されているとお思いだろうか?

陸運支局に行けば、その真相が分かります。何故か構成員が、刑務所から出る組長を迎える様に勢揃いして、支局にいます。

このように日本の警察当局は『右翼』と称する連中には弱腰である。と言うより、見逃しているのである。しかし、真の『右翼』と言うべき人は、決してあのような街宣車を使った活動で、企業や個人を攻撃したりしない。

私個人としては、今回の件でエセ『右翼』達が映画関係から何らかの不当利得を得ようと画策しているのではないかと考えている。

話がそれましたが、このように表現の自由を、当局が都合の良いように制限する道具として、『右翼』の街宣活動を利用している側面が感じられます。

たとえば、愛国的作品を上映しようとして、『左翼』が抗議活動をしたらどうなるでしょう。おそらく公安部は写真を手当たり次第に撮影し、メンバをリストアップ。デモの時以外でも些細な違反で参加者を不当に拘束(逮捕ではない)するでしょう。

今、日本は保守化が進んでいると言います。しかし、本当に保守化というのであれば、表現の自由も保障されていなければおかしいはずです。なぜなら、何を持って『保守』、何を持って『革新』、とする基準を明確にする必要があるのですから。今進んでいるのは、保守化と称した言論弾圧、あるいは言論封じではないでしょうか。

愛国的でなければ、意見も言わせない。日本を批判するような意見はあらゆるメディアから排斥する。これではまるで北朝鮮か中国と同じではないか。

保守色の強いアメリカで、強硬な保守派の一人として有名な人物にクリント・イーストウッド氏が上げられる。自らを愛国者(PATRIOT)と称するが、決して国家を批判しないと言うことではない、と彼は言う。戦争時における『国家の欺瞞』に疑問を感じた彼が、その思いを込めて製作したのが『父親達の星条旗』である。

私は愛国者であればこそ、『現在・過去の過ちを見過ごしてはいけない。指摘し正していかなければならない。そうしなければ、これからの未来で間違った方向に国が向かってしまう』、と言いたい。反対する意見を封じ込めようとするのは、あるいはそれが事実で、そのことを隠そうとしているからではないのか。そうでなければ堂々と議論をし、論破すればいいのです。騒音を鳴らし、脅迫まがいこのとをすることに、ひとかけらの正義も有りはしない。臆病者が虚勢を張っているだけである。

今回『靖国/YASUKUNI』が公開が中止されたことは、一部の海外メディアでも取り上げられています。『日本は比較的表現の自由が保障された国でしたが…』と言う切り口が多いようです。

このような事がこれから多くなるのか、それとも間違いを正すことが出来るのか、市民の選択が問われているのではないでしょうか。

この国を正すことが出来るのは、有権者一人一人であり、その総意を持って、この国の指針となるはずです。

そして『靖国/YASUKUNI』を是非劇場で見ましょう。見た上でどのように感じるか、それについて意見を交わすことこそが大切なのではないでしょうか。

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『クローバーフィールド/HAKAISYA』を見ました

NYが何者かにおそわれ、その事件の様子をパニックに巻き込まれ逃げまどう人々の視点から捉えた、『クローバーフィールド/HAKAISYA』を見ました。

ロブの昇格祝いのパーティの最中、突然の衝撃と停電がNYを襲った。それはNYが何者かにおそわれた始まりだった。パーティの参加者は必死に逃げようとするが、事態が把握できず右往左往するばかりであった。

日本では怪獣映画というと、東京が襲撃されても、視点は防衛軍のように怪獣と戦う側の視点です。しかしこの作品はたまたまそこにいた一般人という設定。

ホームビデオで撮影と言う設定で、楽しいパーティからラストまで、事件に巻き込まれた人の視点で描かれます。実は始まって20分ほどは、パーティの準備からパーティまでの映像で、『時間(全編85分)を考えるとちょっと長いなぁ』と思いました。

しかし、見終わった後あのパーティまでの映像がないと、人間関係を紹介する部分が他には全くないのだと言うことに気づきました。ロブを中心とした人間関係が、後半のロブ達の行動に影響するので、やや長いながらも必要な部分であると納得できました。

そして事件が起こると衝撃の連続です。突然の衝撃、爆発。逃げようとする人々に、いきなり見せつけられる、自由の女神の首。そして、摩天楼からかいま見える『何か』。

この作品の舞台設定がここに生きてきます。まずマンハッタン島にいる人は、橋かトンネルを使わないとこの島から抜け出せないこと。さらに摩天楼のおかげで、襲ってきた何かが、市民の視点ではなかなか捉えられないことです。

初めのうちは、ビルの隙間から一瞬だけ見えたり、逆に近すぎると尻尾しか見えなかったりです。もちろんカメラワークも素人という設定なので、捕らえそうで捕らえない風になっています。

ただ、中盤以降は見せるべき物はしっかりと見せる用に工夫されています。この辺はプロが撮った素人風映像となっています。

パニックに巻き込まれた人々にとっては、恐怖の連続ですが、それを効果的に出すのが音響です。足音やうなり声という物がリアルに感じられ見ている方が、NYにいるかのような錯覚さえ感じます。

事態が少しずつ把握できるにつれ、それの全容も明かされ始めます。ここは秘密にしておかなければなりませんが、かなりリアルです。

ネタバレしそうなので、表現が難しいのですが、このパニックのに巻き込まれた人達の視点で、事件を描く等のはなかなか斬新なアイディアと感じました。

襲撃されてからの1時間は、本当にドキドキの連続。しかも『何か』を見ようと、つい視点を変えようと思い首を動かしてしまうほどの、一体感を感じます。

アメリカでも好評だったと言うことで、Part2の噂もありますが、怪獣に襲われたらどんな感じになるのか、を体験できる作品でもありますので是非ご覧になることをおすすめします。

http://www.04-05.jp/

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『ガチ☆ボーイ』を見ました

記憶障害を持ちながら、学生プロレスに青春を燃やす青年とそれを支えるプロレス研究会の仲間達を描いた、『ガチ☆ボーイ』を見ました。

事故で記憶障害を負った五十嵐は、事故前に見た北海道学院プロレス研究会(通称:HWA)に入部する。記憶障害を持っていることを秘密にしたまま練習を続けるの五十嵐だが、やがてそのことが知られてしまう。

この作品の監督は『タイヨウの歌』でも、障害者が普通の生活をしたい、と言うテーマ、ノーマライゼーションを描いている。『タイヨウの歌』はラブロマンスだったが、今作はスポーツコメディ物。しかし、根底には障害を抱えて生きることの大変さと、それを支える人々の優しさを、真っ正面から捕らえる芯の通った作品を見せてくれます。

佐藤隆太は年齢的にも大学生の役にぴったりでしたが、それ以上に彼のプロレスをしているときの表情が、『楽しい』と言うことを感じさせてくれます。

また前半のプロレス研究会での練習の日々でも、部員全員が楽しんで練習しているのが感じられ、大学のサークル活動の雰囲気が良く出ていました。

サエコ演じるあさ子が、ちょっとアニメ声だったのは出来すぎという感じでしたが、ショートカットのかわいい女の子という、スポーツ物ヒロインとして定番のスタイルで登場し、五十嵐や部員達に優しく接する姿も、『学生時代には、こういう子に憧れたなぁ』と感じます。

部員の中で部長を演じる向井理が、サークル存続のため人気を出そうと苦悩し、さらに五十嵐の障害を知ることで、より辛い立場に置かれる。部長としての辛い感情をなかなか上手く表現していました。

また、泉谷しげる演じる、五十嵐の父も不器用な父親像にぴったりという記がします。

さて、作品中で語られる記憶障害ですが、この障害をテーマにした作品は『博士の愛した数式』や『50回目のプロポーズ』などがあり、最近割と目にする物です。

基本的には事故の衝撃などにより、脳の一部に損傷があり、ある一定時間以上は記憶する事が出来ない、と言う障害です。

作品中では五十嵐は一晩眠ると事故にあった以降の記憶が残っていないと言う風な障害とされています。その為彼が登場から、ポラロイドを盛んに撮り、事あるごとにメモしています。そうすることで翌日に繋げるわけです。しかし、メモを無くしたり、メモすること自体がつらいことだと…

このような問題を、作品中では2度取り上げます。一つは試合用の体育館の申請忘れ、そしてもう一つが、あさ子への告白です。特にあさ子への告白では、自分にとっては初めてでも、相手にとっては…、と言うことが双方にとって、とても辛いことだと感じられました。

作品の終盤は、スポーツ物の定番の試合シーンです。ここは熱くなります。題名通り『ガチ』ですから。CGなどは使わないため、本当に迫力があります。本来HWAは『安全第一』をモットーにするサークルですが、この最後の試合に関しては、男の意地のぶつかり合い。それこそ、命がけの戦いとも言えます。

もちろんこの試合には、いろいろな困難があります。五十嵐と父親の不和、HWAに対する連合・シーラカンズの思惑、等々。しかし、これまで一生懸命練習してきた、HWAの面々は、記憶障害があり危険が伴うと分かっていても、五十嵐のため、彼が生きていることを証明するために、試合に臨む五十嵐を応援します。

果たして、五十嵐がこの日のために練習した、必殺の『ドロップキック』が炸裂するのか、あるいはHWAが負けてしまうのか、試合の結末は絶対に見る人の心を打ちます。

お涙ちょうだい的な作品はちょっと、と言う方もスポーツコメディを見るつもりで見ると絶対に楽しめると思います。

http://www.go-go-igarashi.jp/

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『バンテージ・ポイント』を見ました

大統領暗殺事件を異なる8箇所の視点から捉え、その全容を明らかにしていく『バンテージ・ポイント』を見ました。

スペインで演説を行おうとしたアメリカ大統領を1発の銃弾襲った。シークレット・サービスのトーマス・バーンズをはじめ目撃者は8人。それぞれの視点から見る事件の断片には大きな陰謀を解く鍵が隠されていた。

1つの事件を異なる視点から見ることで、少しずつ事件を解き明かしていくというアイディアには脱帽である。特にラストに向けて重要なポイントを、実は初めに提示しているあたりは、なかなかうまいと感じた。

ただし、作品中の見せ方についてはもう一工夫あってもよかったかも。実時間で30分程度のため、作品中も20分ぐらいで視点が変わるのだが、その度に事件の初めから終わりまで見せるため、同じような場面を何回も見せられてしまう。この辺の展開があまりテンポがよくない。

また、前半は特にそうなのだが、大きく物語が動きそうなところで視点が変わってしまうので、かなりフラストレーションがたまることもあった。

後半になると、少しずつ事件の全容が見えてくると同時に、収束に向けて物語がハイテンポで動いていき、しかも事件の隠された部分も明らかになり、サスペンス作品としていい出来だった。

この点を考えると、バーンズを演じたデニス・クエイドが、事件をなぞる形でストーリーテラーを進める役にはぴったりはまっていた。特に見る側と同じように焦燥感というものを感じつつ事件を解き明かす、あるいは事件の真相に迫っていることを伝える彼の演技は、この作品の緊迫感を維持するのに一役買っていたと思う。

またフォレスト・ウィテカーやシガニー・ウィーバ、マシュー・フォックスといった豪華なキャストも魅力であった。シガニー・ウィーバなどは殆どゲスト扱いで、あまり活躍の場は無かった点など、キャスト全員にスポットが当たるわけではないのが、やや物足りない点でもある。

事件の真相もかなり捻った作りになっており、映画が進むにつれ『なるほど、そういうことか!』とうなる面があることも、この作品の魅力だと思う。

90分と短いのだが、アイディアとして面白い作品だったし、アクションや推理展開なども面白いと思う。前半の展開にもう少しリズムのいい展開があればもっと引き込まれる作品だったと思う。

http://www.sonypictures.jp/movies/vantagepoint/

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『犬と私の10の約束』を見ました

犬と生活する少女の成長を描いた、『犬と私の10の約束』を見ました。

函館に住むあかりは14歳のとき、ゴールデン・レトリバーの子犬、ソックスを飼うことになった。ソックスは母から教えられた『10の約束』とともに、あかりの友となり心の支えとなる。

動物作品というと、泣かせようとする過剰な演出や、感動させようという無理な展開が多いのですが、この作品は、犬と暮らすことの楽しさと悲しさを、ごく普通に描いています。

犬を飼ったことがある方は分かると思いますが、かわいい子犬の期間はほんの2・3ヶ月。この作品に登場するレトリバーとなると、半年もすれば人間の大人並みに大きくなります。

その為、犬の世話も大変で、安易に犬を飼うということは絶対にしてはいけないわけですが、この作品では、犬を飼うことの理由とその効用を、自然な流れの中で組み込んでいきます。

そして、『犬との10の約束』も犬を飼った人にとっては、わかっているけどなかなか実現できないことだったのではないかと思います。

1. 私と気長につきあってください。

2. 私を信じてください。それだけで私は幸せです。

3. 私にも心があることを忘れないでください。

4. 言うことをきかないときは理由があります。

5. 私にたくさん話しかけてください。人のことばは話せないけど、わかっています。

6. 私をたたかないで。本気になったら私のほうが強いことを忘れないで。

7. 私が年を取っても、仲良くしてください。

8. 私は十年くらいしか生きられません。だからできるだけ私と一緒にいてください。

9. あなたには学校もあるし友だちもいます。でも私にはあなたしかいません。

10. 私が死ぬとき、お願いです、そばにいてください。どうか覚えていてください、私がずっとあなたを愛していたことを。

ちなみに、kainの家にも犬がいますが、この約束すべてを実現出来ているとはいいがたいです。

さて、あかりを演じるのは少女時代を福田麻由子、成人知ると田中麗奈が演じていますが、この二人は目じりのキリッと上がったところなどそっくりで、成長したという感じを違和感なく見ることができました。二人とも犬と触れ合うときの表情が楽しそうで、見ているほうも何故か癒された感じがしました。

少女が成長すると同時に、ソックスも成長します。もちろん犬のほうが寿命が短いわけですが、同時にあかりが独り立ちする姿にダブらせています。

ラストには泣かせる展開があるのですが、このときの田中麗奈&豊川悦司の演技がうまいため、どうしてもkainの家で飼っていた犬たちとのことを思い出してしまいました。

この作品は犬を飼ったことがある人が見ると、今までに飼った犬たちとの思い出がきっと思い出します。そして、できれば子供たちと一緒に見に行って犬と一緒に過ごす楽しさや大変さ、悲しさを教えてあげてほしいと思います。

この作品を見れば犬と生活することは大変だけど、すごく楽しいことだということも、きっと分かってもらえるのではないでしょうか。

http://www.inu10.jp/

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