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2008年3月の記事

『魔法にかけられて』を見ました

ディズニーアニメのプリンセスが現代のニューヨークにあらわれたらと言う、奇抜なアイディアを映像化した『魔法にかけられて』を見ました。

多くの人はディズニーアニメーションを見たことがあるでしょう。あるいは東京ディズニーランドにそびえ立つお城が『シンデレラ城』と言うことも多くの人が知っていると思います。(ちなみに最初のディズニーランドである、ロサンジェルスにあるお城は『白雪姫のお城』なんですよ)

そこで繰り広げられる物語には、美しいお姫様と勇気あふれる王子様、そして意地悪な魔法使いが登場する。この『魔法にかけられて』もオープニングから10分間はそんなおとぎの国での物語。結婚しようとするジゼルとエドワード王子。その二人を快く思わないナリッサ女王。

となると白雪姫が『毒リンゴ』の罠に落ちたように、ジゼルにもナリッサの罠が仕掛けられる。その罠とは、おとぎの国のかけらも無い、現代のニューヨークへの追放。動物たちと暮らし、歌を歌えば何でも解決する世界から、生き馬の目を抜くとも言われる現代社会。そこではジゼルの純真な心は、全く通用しない。歌を歌えば鳩やリスが集まるはずが、集まるのはネズミやゴキブリ。親切な人は全然見つからない、逆にいい様にだまされる始末。しかし、やっと見つけた親切なロバートに助けられ、ジゼルのニューヨークでの生活が始まる。

まずアニメーションと実写の融合と言うことですが、殆どの部分は実写とアニメがはっきりと分けられている。おもしろかったのはお姫様が実写になると、ちょっと親近感がわくというか、お姫様らしくなくなる感じがすること。もちろん背景が、ファンタジックなアニメと違い、ニューヨークの摩天楼だから感じが違うのだが、衣装などは同じなのにやはりアニメの世界とは違うと感じた。

ちなみに王子様の方は、かなり雰囲気があるのだが、実写になるとちょっと間抜けな男に変わってしまう。そして、意地悪な魔法使いは、現代でも実に意地悪く見える。さすがはスーザン・サランドン、歩くでけでも貫禄有りです。

ジゼルを演じるエイミー・アダムスは年齢34歳で、お姫様にはちょっと、と言う気もするが映像からはそれほど不自然さは感じない。特にアニメ風の身振り手繰りで台詞を演出する演技は、ダンスもやっていたというアダムスによって、ごく自然に(あるいはアニメの実写からしくというべきか)見ることが出来た。ただ、終盤の舞踏会で着るドレスを着た姿は、お姫様よりは、現代の大人の女性に見えます。それでもやはり、歌を歌ったり踊ったりする姿が様になっていたのは、作品のポイントでもあるだけに、見ていて楽しく感じられます。

一方、ジゼルを助けたが為にさんざん迷惑をかけられるロバートには、アメリカのドラマ『グレイズ・アナトミー』で人気のパトリック・デンプシー。作品中では、離婚調停を手がける弁護士で、恋人とのプロポーズに5年もかけた大人の男役。彼はちょっと皮肉な感じでジゼルを見ながら、やがては惹かれていくのだが、この辺からこの作品の仕掛けがおもしろくなる部分。

ちょっと頼りないが、現実主義者のロバートと、おとぎの国からきた王子。相反するような二人を見るジゼルは、現代のニューヨークで生きることで少しずつ変化していく。その辺の展開がおもしろかった。

実はこの作品にはディズニーの『お約束』が満載。しかし、それ以上に『お約束破り』が満載!

この『お約束破り』にふれないように感想を書くのは非常に厳しいので、詳しくは書きませんが、見た人はきっと吹き出すこと間違いなしです。ちょっとあきれるような笑いから、ディズニーのお姫様がそんなことまで、と言うような大活躍。

果たしてジゼルの運命はどうなったのかは、是非劇場でご覧になってください。

追記:kainはこの作品を『吹き替え版』で見ました。ミュージカルパートの歌もすべて吹き替えられていたのでまあ満足の吹き替えの出来でした。ただ、顔のアップなどになるとどうしても口の動きと会わない部分が目立ってしまいます。オリジナルではジュリー・アンドリュースがナレーションでしたが、吹き替え版では松坂慶子。特徴のある声ですぐに分かりましたが、声のメリハリなどが上手で、オープニング&エンディングをしっかりまとめてくれました。

http://www.disney.co.jp/movies/mahokake/

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kain

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『ジャンパー』を見ました

テレーポーテーション能力を持つ人間と、それを抹殺しようとする物達を描いた、『ジャンパー』を見ました。

普通の高校生だったデビットはある日自分にテレポーテーション能力があることに気づく。その時から彼はテレポーテーション能力を利用し、自由な生活を送っていた。しかし、ある時彼の家にパラディンと呼ばれる、ジャンパー狩りの男が現れた。

ダース・ベイダー/アナキン・スカイウォーカーを演じたヘイデン・クリステンセンは今回もハンサムで、スマートな青年を演じていました、彼は今回テレポーテーションを得る青年だが、作品中の描写ではヒーローのごとく扱われている。

自由気ままな生活を楽しんでいる青年が、突然強敵に襲われ、しかも彼の関係者は、能力のことを知っている可能性があるため殺される危険がある。デビッドが思いを寄せるミリーにもその危険だ迫るのだった。

と、こんな感じにまとめられるのだ。しかも、味方になるもう一人のジャンパー『グリフィン』によれば、パラディンは数百年前から、ジャンパーの抹殺を狙う集団で、その為には手段を選ばない。生き延びるためにはパラディンを倒すしかないと教えられる。

そしてパラディンのリーダ・ローランド・コックスを演じるのがサミュエル・L・ジャクソン。白髪にした表情の険しい彼は、まさに敵役で冷酷なハンターのように感じられる。

ん?

しかし、よく考えるとこの作品の描く、正義と悪の描写はまるっきり逆なのではと思う。

作品の前半に描かれるデビッドやグリフィンのジャンパー生活は、銀行強盗や窃盗のオンパレード。パラディンを倒すために家は爆破する、バスを乗客を乗せたまま砂漠にテレポートさせる等、社会の迷惑になることのオンパレード。

こんなこと『しか』しないのならば、抹殺されても仕方ないのでは?と思ってしまう。現にデビットと喧嘩になった男の一人は、無実の罪で逮捕されてしまっていた。

デビッドは彼に、何故自分のことをローランドに話したのか、と非難するがどうもその台詞に至る思考が理解できない。

この作品のストーリーにはそういった矛盾や身勝手な展開が多すぎる。デビッドの行動もそうだし、ダイアン・レイン演じるメアリー・ライスの行動、デビットとメアリーの関係に気づいたはずのローランド等々。その為に作品としては、見終わった後に『????』と感じてしまった。

作品中の映像はVFXを多用して迫力は満点だったが、ちょっと無駄な演出が多かった。観客に対して能力をアピールしたいのは分かるが、あそこまで頻繁に能力を使ったのでは、パラディンでなくとも、ジャンパーは危険な存在と感じるだろう。

作品の完成度としてはちょっと物足りない仕上がりだが、春休みシーズンを迎え友人やカップルで見に行くには、最適な娯楽作品です。

ps.おそらく続編製作を視野に入れている作品ですが、果たしてそれほどヒットするかどうか微妙な感じです。

http://movies.foxjapan.com/jumper/

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kain

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『イッセー尾形のとまらない生活 2008』を見てきました

昨年9月より半年、イッセー尾形の仙台公演、『イッセー尾形のとまらない生活 2008』を見てきました。

今回は仙台市内より車で15分ほど離れた、仙台市広瀬文化センターでの公演でした。場所としては交通の便がやや悪いのですが、駐車場などは十分にあったので、車で行く分にはそれほど不便ではありませんでした。

イッセー尾形自身も言ってましたが、仙台公演の会場が毎回変わるのは何とかならないものでしょうか。仙台市民としてはせめて地下鉄沿線ならいいのにと思います。今回の会場は車の無い人には、ちょっと行きにくい場所だと思います。

会場は600席ほどのホールで、ホームグランドと比べるとちょっと広めの会場。ただ、音響は良かったように感じる。拍手の音やイッセーさんの声がきれいに広がり響いていました。

開演前のお知らせは、前回同様イッセー尾形その人だった。ちょっと読み間違えたりもしたが、締めくくりの『では、はじめましょう!』と元気な声でスタートしました。

今回の演目は(ネタ名はkainが勝手につけました)

空港のカツカレー

 熊本に出張するサラリーマン。空港で朝食としてカツカレーを注文したが、電話やおばさん、カップルのためにカツカレーが大変なことに。

喫茶フジ

 喫茶店の留守番をする老婆。若者がモーニングを食べるためにやって来る。

雪国のホテル

 東京のチェーン店ホテルから雪国に転勤させられた若者。俳句を楽しむ男と、未亡人3人のツアー客。雪国になじめない若者は…

中尊寺

 町内会の旅行で中尊寺に来た老人。孫とともに坂道を登るのだが、明らかに体力不足。みんなの足を引っ張っているように気もするが…

ヒトミちゃん

 定番ネタです。またまたホステスのひとみちゃん。仙台公演では毎回披露されてますね。

大家族 内山さん実家編

 内山さんの実家に招かれた大家族。豪華な邸宅に圧倒される大家族達。いつもどうり親父の暴走が…

ビワ弾くOL

 琵琶を友達とするお局OL。今日も一日の憂さを琵琶に載せて歌うのだった。

『大家族』帰ってきましたね。初登場時には3歳ぐらいだった『まどかちゃん』が、小学生になってました。長男は高校を卒業したとの事、順調に成長してますね。

ヒトミちゃんから大家族への着替えで意外なハプニング。おそらく、カツラを置いた場所にタオルがかかっていたためか、イッセーさんがカツラを見つけられない事態に!さすがに少しあわててました。

kainは前から6列目ほぼ中央で見ていたのですが、隣に座った女性二人もかなりのイッセーマニアらしく、ヒトミちゃんのカツラを見た瞬間に『ヒトミちゃんじゃない?』とか、大家族のために、腹が出てる様見せるための、詰め物つき腹巻をした瞬間に『子供のたくさんいるあれじゃない?』など話してました。隣に座っていたkainは、思わず『おっ!分かってるねぇ』と感心しました。

イッセー尾形は、市井にいる普通の人たちの生態を表現するのがテーマですが、今回のネタの中では『空港のカツカレー』がお気に入りです。おばちゃんたちの勝手な振る舞いに表面的には笑顔で対応する姿は、『あるある』と感じます。もちろん、大家族はこれからも続けてほしいネタです。

今回の舞台も、いつもながらの楽しい舞台でした。来年もきっと来てくれると思いますが、次回の会場はどこになるだろうなど時になってしまいます。

これからまわるであろう各地のファンの皆さんには、是非会場に足を運ぶことをお勧めします。ライブで見ると会場との一体感もあってすごく楽しめますよ。

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kain

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『アメリカン・ギャングスター』を見ました

デンゼル・ワシントン&ラッセル・クロウのアカデミー賞コンビが、黒人麻薬王とそれを追う刑事を演じた、『アメリカン・ギャングスター』を見ました。

1960年代ベトナム戦争の影響が、次第に強くなるアメリカ。ハーレムを仕切るバンピーのボディーガード・フランク(デンゼル・ワシントン)は、バンピーの死後、自ら麻薬ビジネスを取り仕切るようになる。一方、ニュージャージ警察のリッチー(ラッセル・クロウ)は、賄賂も当たり前に受け取る警官が多い中、正義を信じ日々の捜査を行っていた。

やがて、フランクはベトナム戦争の犠牲者の棺を使い、純度の高い麻薬を直接密輸し、麻薬ビジネスの大物に成り上がった。

アカデミー俳優の共演だけあって、とても見応えのある作品でした。特にフランクを演じるワシントンが、麻薬の大元締めでありながら、母や家族にも気を配るという2面性を上手く演じており、ただの悪党ではなく、社会の歪みの中で生きるために、ビジネスとして麻薬を扱うという面を、しっかりと描き出しています。

また、フランクのの母を演じたルビー・ディーが、捜査の手が伸び警察に報復しようとするフランクに対して、毅然として説教をする場面の迫力が目を引きました。

その意味でビジネスにおけるフランクの非情さに対しては、あの名作『ゴッド・ファーザー』のマイケルを彷彿させる物がありました。

一方、警察の腐敗もしっかりと取り上げる点は、さすがはリドリー・スコット監督。しかもこの警官達が本当にたちの悪い連中、まさにハイエナと言っていいでしょう。

狡猾な悪徳警官に振り回されるのは、フランク達の組織とリッチーの特別捜査班。この両者を手玉にとり、ことごとく金品をかすめ取るやり口が、実際に存在したと言うことに驚かざるを得ません。

さて、物語の中でフランクの組織が大きくなるにつれ、少しずつほころびが出だします。このほころびが、悪徳警官と特捜班がフランクに目をつけるきっかけになる。この時点から物語は、ヒートアップし始める。それまではフランクにとっては組織の構築、リッチーにとっては警察内部の不正と特捜班誕生の経緯を、両者を直接絡まない物の、少なからぬ関係を持っていることが感じられます。

二人は相反する世界に生きながら、あるものを得るために犠牲にしなければならないものを背負い生きている、と言う似たような境遇にある。そして、二人が失っていくものが多くなるほど、互いの距離が近づいていくのだが、それはフランクにとっては破滅の足音である。

そして、ちょっとしたミスがフランクの組織の壊滅に繋がるのだが、そこからの展開は非常に小気味よく、かつ緊迫感がある。

しかし、kainはその後のシーンの方に魅力を感じる。ワシントンとクロウが二人で向き合うシーンだが、男の生き様を背負った一言一言にどっしりとした重みと、息の詰まりそうな迫力があるので、じっくりと楽しんでいただきたい。

警察対マフィアの一見単純な構成に見えるが、人の心の明と暗、あるいは因果応報ともとれる展開が、とても魅力ある作品でした。

http://americangangster.jp/

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kain

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『ヒトラーの贋札』を見ました

第二次大戦中のドイツによる贋札計画を描き、先日のアカデミー賞で外国映画賞を獲得した、『ヒトラーの贋札』を見ました。

第二次世界大戦末期、戦局がおもわしくないドイツではイギリス・アメリカを経済混乱に陥れるために、大量の贋札を作り金融市場を混乱させる計画が立案された。集められたのはユダヤ人やロシア人。強制収容所内の特別区画に集められた彼等はドイツのために贋札を作ることを命じられる。しかし、それは連合国や同胞達に対する裏切りでもあった。

ドイツによる贋札計画は後に大量の贋札が発見されたことから明るみになり、かなり精巧な物が作られていたというのは分かっていました。その為、大戦中を舞台にしたスパイ物などでも比較的出てくるアイテムであります。

しかしこの作品では、それを作らされる人達にスポットを当て贋札を作り生き延びることと、その贋札のためにナチスドイツが続くことの矛盾が、物語の背景を埋めています。

特に収容所内の描写は、贋札を作ることで快適な環境を与えらかれらと、塀一枚隔てた向こうでは、ユダヤ人の非人道的な扱いを受けている。その境遇の狭間には、天と地ほどの差があること。そして、彼等が生かされるのは贋札が出来るか出来ないかの違いで、完成しなければ彼等の運命も簡単に消えてい舞うことが、嫌と言うほど感じられます。

権力に媚びると言われても生き延びようとする者や、贋札の完成をわざと遅らせようとする者。家族の虐殺を知り死を選ぼうとする者など、時代の流れとはいえ酷い時代、酷い環境であると思わざるを得ません。

特に贋札の材料として、古紙が送られてくるわけですが、その中には収容所で虐殺された人達の見文書や手紙なども含まれ、それを仕分けることで虐殺の事実を量的に感じることになります。

物語の原作者は印刷機を扱えるアドルフ・ブルガーですが、監督はあえて原盤作成者のサロモン・ソロヴィッチを主役に据え、生き延びることを望みながら、消して権力に媚びるわけではないと言う、天才贋作者のプライドを表わしました。

彼が贋札を作るのも、自らが生きるためと言いながら、実はその工房に集められた全員を生かすためにと言うことをしっかりと描いており、それを演じきっていたカール・マルコヴィクスの演技も大変すばらしかった。

一方で正義感あふれるブルガーを演じるアウグスト・ディールの迫力もなかなかの物です。家族が虐殺されたことでナチスに対する敵対心を燃やし、堂々と正義を貫こうとする姿には、これはこれで一つの生き方であると思います。

私はこの作品を見て、『正義とは何か?』を問われていたと感じました。

贋札を作ることは消して良いことではありません。しかし、あの当時、生き延びる為に贋札作りをすることを非難することは出来ない。

一方で物語中に言われるように、贋札計画が成功し連合軍が敗退する、あるいは集線が遅れることは、ナチスによる虐殺の被害者を増やすことにも繋がります。ここの矛盾が工房内でも、軋轢を生む理由になる分けです。

他人を犠牲にして自分が生き延びるのか、自分を犠牲にして他人を生かすのか、そのことはこの作品のような状況においては、非常に苦しい決断だと思います。これについてはじっくり考えることが必要だと感じました。

ラストは、贋札を持ってフランスに逃げ延びたソロヴィッチの、心の虚無あるいは現実世界に対するあきらめを感じさせ、浜辺でのとても美しくしかも悲しげでありながら、幸福感を感じさせた良いシーンで締めくくられました。

Ps.3月1日ファーストディということもあったのでしょうが、単館上映(90席)の劇場が満員でした。さすがは『アカデミー賞』効果ですね。

http://www.nise-satsu.com/

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kain

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『ライラの冒険 黄金の羅針盤』を見ました

『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズ3部作を手がけたニューラインシネマが手がけた、話題のファンタジー作品『ライラの冒険 黄金の羅針盤』を見ました。

人間の心がダイモンと呼ばれる動物の姿となり、人々のそばに姿を現す世界。ライラはその世界で修道院に預けられながらも、活発で好奇心旺盛な女の子だった。ライラの伯父が北極から戻り『ダスト』の存在に関する冒険に関心を持ったライラは、コールター婦人の誘いに乗り、修道院を離れ、不思議な冒険の第一歩を踏み出すのだった…

ダニエル・クレイグやニコール・キッドマンの共演が話題になっている作品ですが、3部作と言うことでキャラクタの説明や世界観の解説のような描写がやや多かったように感じます。

この作品ではダイモンと呼ばれる動物が、リアルに描かれておりその中でも特にシロクマ(劇中では甲冑クマ族)が大迫力でした。『北極のナヌー』や『アース』で見た映像に比べても、全く遜色のない映像です。

それぞれのダイモンも、人の心に応じた表情を見せ、それぞれが違和感無く描かれている辺りにもVFXの技術の高さを感じます。

オーディションを経て選ばれたライラを演じるダコタ・ブルー・リチャーズは、なかなか表情豊かで、年齢の割には大人びた感じを受けました。ライラについて作品の流れからすると、ちょっと無謀な展開が多く、脚本の作り込みあるいは原作の展開を詰め込むためだったのか、ライラが事件に積極的に巻き込まれようとしているとも感じられます。

ニコール・キッドマン演じるこーるた夫人は、この作品の陰の主役。しかし、中盤全く出番が無く、やや肩すかしを食ったようです。また、つぎはぎ的に情報を小出しにするために登場したのか、とも感じます。

そして最も、印象が薄いのがダニエル・クレイグ。前半ちょっと登場したら、後は殆ど登場しません。エンディングになったとき、『あれクレイグは?』と感じたほどです。もちろん今後の展開のためには欠かせないのでしょうが、映画という1本の作品としたときに、せめて各主要なキャラにスポットを当ててやるべきだったのではないかと感じます。

物語としてもいかにも序章という感じで、小さな事件は解決する物の、このされた謎が多すぎて、第2部公開まで覚えていられるか不安です(2部公開までにDVDが発売されるのでそれを見ろと言うことかも)。

単体の作品としての見所はシロクマの対決でしょうか。これはかなりの迫力です。また作品中でもかなりの比重をかけている部分で、今後の展開に見方の白くま・イオレクが欠かせないのだと思いました。

キャスティングされている俳優陣から、製作会社はかなり本気で製作してます。それ故、今後の展開もかなり期待できます。この作品を見に行く人は、あくまでも『3部作の中の1本目を見る』のだと言うことを忘れないで見に行くことが大切です。

Ps.ダコタ・ブルー・リチャーズのプロモーション時の映像を見ると、だいぶ成長したように感じますが、3部作撮り終えるまでに、かなり変わってしまわないか心配です。

http://lyra.gyao.jp/

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