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2008年1月の記事

『スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師』を見ました

ジョニー・デップが復讐に生きる理髪師を演じる、『スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師』を見ました。

かつて無実の罪で投獄され、妻を奪われたベンジャミン・バーカ。その彼が復讐のためにスウィーニー・トッドと名を変え、ロンドンに帰ってきた。フリート街で理髪店を再開した彼は、彼を陥れたターピン判事が、娘の後見人となっていることをしり、復讐の念をさらに募らせるのだった…

ティム・バートン&ジョニー・デップの組み合わせと言えば『シザー・ハンズ』『チャーリーとチョコレート工場』などファンタジーの中に世相の風刺を織り交ぜた、大人の作品が多いのが特徴。

今作も復讐をテーマに、ブラックな内容を織り交ぜた、大人のミュージカル作品に仕上がっていました。さらに映像的にも暗く沈んだロンドンを、モノトーンに近い色合いで表現しながら、『血』だけはとても鮮やかな『赤』で表現するなど、視覚効果も印象的です。

さて、演じるデップは、今回のようなちょっと癖のある役を演じさせると、本当に上手い。今作でもカミソリを『友』と呼びながら歌い踊る姿や冷酷に人を殺す時の表情は、薄気味悪くもありながら情熱を感じる表情でした。

それ委に加えて、ヘレナ・ボナム・カータがそれに輪をかけて不気味。パイを作る時の表情、とっどを見つめる表所、客をあしらう表情など、無表情でありながら何かを感じさせる目、それが効果的に使い分けられて、二人の組み合わせでさらに不気味な物となってました。

ストーリーはミュージカルという基本があるので、複雑な物ではありません。悪い役人・ターピン判事を演じるのは、最近では『ハリー・ポッター』シリーズのスネイプ先生ことアラン・リックマン。彼は実に嫌らしい感じで、物語にメリハリを与えています。『判事にどの様に復讐をするか』が第一のテーマ。そして第二のテーマは、『奪われた娘をどの様に救い出すか』。この二つのテーマに向けた、トッドの情熱を物たがりの基本線に、ブラックなテーマはミセス・ベケットの店はどの様に復活するかをまとめているので、ブラックな笑いが分かる人にはなかなか楽しめると思います。

しかし一点だけ欠点を上げると、やや説明不足と感じる部分として、トッドが復讐に関係ない人に対して殺意を向ける部分。この点はちょっと理由付けが弱いのでは?と感じました。

それ以外は、残酷でありながらユーモラスな展開、華麗な歌とダンス、終盤にかけては緊迫感の高まる展開など、時間を感じさせない展開です。

この終盤は本当にドキドキします。復讐に燃えるトッドをいかなる試練が襲うのか、これはかなり見応えがありました。どの様な展開なのかは是非、劇場で確認してください。

http://wwws.warnerbros.co.jp/sweeneytodd/

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『アース』を見ました

地球上に住む動物たちの生態を捕らえた、『アース』を見ました。

46億年を経た地球には様々な生き物たちが住んでいます。ホッキョクグマや鯨、ライオンや象など

そんな地球上に住む動物たちの生態系に少しずつ変化が生じている。

昨年『北極のナヌー』が公開されましたが、この『アース』も同じように動物の生態を追ったドキュメンタリー作品です。この中で北極から南極まで地球を縦に横断するように動物たちを追いかけます。

ホッキュクグマのパートに関しては『北極のナヌー』を見た人にはちょっともの達ナイト思います。しかし、その他の動物パートを考えるとホッキョクグマのラストまで描いたと言うことでバランスはとれたのではないかと思います。

動物の映像として様々なとらえ方があり、かなり新鮮に感じる映像もありました。特にアフリカの水場でライオンと対峙する象のシーンは撮影したスタッフに波及種を送りたいほどの迫力映像でした。

また、鯨を追って赤道付近から南極付近まで追跡した映像も、映画館のスクリーンで見ると、圧倒的な重量感を感じました。

その他にも極楽鳥のダンスなどはなかなか目に出来る物ではないと思います。

この作品は吹き替えで渡辺謙がナレーションをしてましたが、落ち着いた口調で淡々と話すのが、動物たちの映像にマッチしています。

ただ残念だったのは、作品のテーマに地球温暖化に対するメッセージを織り込んだナレーションを加えていましたが、映像中からはそのことを訴えるような物があまりありませんでした。

そのメッセージが強く出ていたのはホッキョクグマのパートでしたが、日本で昨年公開された『北極のナヌー』も同じテーマだったので、インパクトが弱まってしまったこともあると思います。

但し、そのメッセージ性が弱いとしても地球という星に住む動物が、全体の微妙なバランスの上に成り立っていると言うことは、作品中でも語られます。そのことを少しでも見終わった後に感じてもらえれば、良いのではないでしょうか。

http://earth.gyao.jp/

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『ふみ子の海』を見ました

実在の人物・粟津キヨをモデルに、盲目の少女・ふみ子の少女時代を描いた『ふみ子の海』を見ました。

昭和10年新潟の山村に住むふみ子は、目が見えないながらも明るく母親思いの子供でした。ある日盲学校の教師と知り合ったふみ子でしたが、貧しい家庭では学校に通うことは難しく、家計を助けるためにあんまの弟子となり、母の元を離れることになるのでした。

この作品で描く昭和10年から12年は大恐慌を受けた経済混乱のため、日本の政治も大混乱し軍部の対等を許す原因となった時代。特に凶作が続いたことで、地方の農村部の疲弊は激しく、農家の娘が売られるなど現代では考えられないようなこともあった時代です。ちなみに昭和11年には『2/26事件』が起きています。

そのことを頭に入れた上で、この作品を見ると表面的な動きとは裏腹に、ふみ子の人生にとってかけがえのない体験が、描かれていることが分かりました。時代背景を知らないと、ひどい伯父や按摩の師匠と感じるだけでしょう。

さて、主役のふみ子を演じる鈴木理子は、美少女というわけではありませんが、素朴な田舎の女の子という風情があります。盲目の少女という難しい役どころを上手に演じています。

彼女は場面場面に笑顔を見せるのですが、この表情がまた純朴でかわいらしく、かなりつらい内容の作品を暗くならずに見られる原因といえると思います。同じ様に、役としてのふみ子の常に希望を忘れない気持ちも、見る側にはどこかに希望を感じさせてくれます。

ふみ子を支える人達がそれぞれ良い役割を持っているのですが、流石の貫禄を見せてくれたのが高橋恵子。kainなどは『太陽にほえろ』の『しんこ』(当時は『関根恵子』でした)のイメージを思い出すのですが、今回は按摩の厳しい師匠を迫力ある演技力で演じています。

時代の背景を知っていればこそ、この師匠の愛情というものが理解できると思います。そして、そのことを知って見るからこそ、劇中の厳しいしつけにも、ただ厳しいわけではないという事を感じることができると思います。

作品を見ると、世の中こんな親切な人ばかりではない、という人もいるでしょう。しかし、この時代地方の現実はお互いに支え合いながら、生きているというのも現実だったと思います。その意味ではこの物語の話も極端に非現実的ではなかったのでしょう。

ハンデキャップを負った少女がどの様に生きるすべを学び、成長していくのかという、実話を元にした話だけに、つらい部分もありましたが、人間ドラマとして完成度は高い作品でした。

http://www.fumikonoumi.com/

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『ロンリーハート』を見ました

実在した犯罪者カップル・レイ&マーサと、彼らを追う刑事達を描いた『ロンリーハート』を見ました。

結婚詐欺師のレイは、あるときマーサという女性に危機を救われたことが原因で、詐欺コンビを結成する。しかし、嫉妬深いマーサと組むことによりレイは次第に危険な犯罪にのめりこんでゆく。

1950年代初めの物語にあわせて、ゆったりとしたトーンとで物語が進んでいく。しかしそこに描かれるのは嫉妬深い女性にひきづられる、哀れな結婚詐欺師の姿でした。このマーサを演じるのはサルマ・ハエック。彼女の演技は今回まさにブッチギリの出来、男向ける甘い目線の女性的な美しさに対して、嫉妬に狂った表情は、まさに鬼。そしてラスト死刑になる直前の姿はまるで別人のようでした。

さらには被害者に向ける視線が、しっかりとその時の心を表し、見ている側に恐怖を感じさせる視線でした。嫉妬に駆られる時の表情の変化、そしてその後の行動に移った時、何か破滅的な人生を生きる、一種の高揚感あるいは官能的な表情が、マーサという女性の愛情表現ということでしょうか。

一方彼らを追うロビンソン刑事役には、ジョン・トラボルタ。妻を自殺で失った男で、何か目標を失った男が、自殺した女性の事件に対しては鋭く捜査していく。妻を失ったことから立ち直るきっかけを、事件の捜査の中で見出していく姿はトラボルタらしく、ちょっと弱みを持っていながらタフに見せる男にぴったりでした。

刑事として犯人を追いながら、家族との軋轢や心の傷を抱えて生きることの難しさ、しかしその使命感こそが生きる価値であり、自らの復活のきっかけになるあたりは、出来すぎていえますが一人の男性の生き方として、好感を持ちました。

全体のトーンがゆったりしていて、物語もゆっくり進みますが、冗長ということは感じません。レイやマーサ、ロビンソンにしっかりと焦点を当て、彼らがどのように事件にかかわっているかが描かれています。その点では犯罪者と刑事のサスペンスのようなものはあまり無く、犯罪者とそれを追う刑事のドラマを描いた作品です。

http://www.lonelyheart.jp/

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『28日後…』DVD鑑賞

まもなく『28週後…』が公開されますが、その前日談がこの作品『28日後…』です。

2002年作品ですがゾンビ系ホラーとして話題になりました。

ストーリは、強い感染性を持ったウィルスを研究していた施設から、感染した1匹のサルが逃げ出す。そのウィルスは精神を冒し即効性の怒りを発する。それに感染した人間は次々と他人を襲うようになった。

そして28日後

病院で目が覚めたジムは、全く人気の無くなったロンドンの市街を目にするのだった。

まずこの作品にはいろいろ皮肉なテーマが隠されています。

1.動物保護団体が、実験動物を逃がすことでウィルスが拡散してしまうこと

2.人口が密集する都市だからこそ、ウィルスの蔓延が早かったこと

3.生き延びるためには他人を犠牲にする必要のあること

4.ゾンビと化した人間より、生きている人間のほうが危険であること

などなど

まあ、4のテーマは割りとありがちですが、このことを引き起こすのが国民を守るべき軍隊であるということが皮肉で、男中心の軍隊にあって生き延びるための『えさ』が、セックスというのも人の本質をえぐるようなテーマでした。

今作品ではキリアン・マーフィーがジムを演じますが、彼の神経質そうな表情と、末期感を感じさせる都市の映像、緊迫感を感じさせる構成でした。へたにマッチョな人が出るとこうは行かないでしょう。

ハリウッド作ではなくイギリスの作品で、派手な音楽は在りませんがシーンに合わせて抑揚のある音楽が場面ごとに使われました。この辺は監督や演出家の力を感じます。

さて、この作品ラストにはこの危機を乗り越えることが描かれるのですが、劇場公開版時のラストとDVDのラストは異なります。第2弾につながる希望を感じるということではDVD版がいいのですが、作品としては劇場公開版のほうが刹那感が漂ってよかったような気がします。

ところで、この作品では感染した人は死んだわけではないと思います。厳密には生きている人、ただし病人です。この点でも従来のゾンビ映画とは一線を画すアイディアではないでしょうか?

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『魍魎の匣』を見ました

京極夏彦原作の京極堂シリーズ第二弾『魍魎の匣』を見ました。

終戦より7年。東京では連続美少女殺人事件が発生していた。探偵の榎木津は引退した女優・柚木陽子の娘が誘拐された事件を調査していた。一方、作家の関口は、連続美少女殺人事件の調査を続けるうちに、箱に悪霊を閉じ込めると言う新興宗教団体に行き当たった…

前作『姑獲鳥の夏』は、原作の不気味な雰囲気を、忠実に映像化したため、全体として暗く、また最大の謎があまりに無理があり、作品としては今ひとつの出来であった。

しかし、今作は監督が交代し前作より明るい作風に仕上がっています。またシリーズ物と言うことで、キャラ設定を解説する必要もなくなったので、いきなり物語が動き始めます。(レギュラメンバーでは関口演じる椎名桔平のみ交代しています)

もちろん原作はあの分厚い小説なので、映画化にあたってはかなりの内容をオミットしていると言うことは容易に想像できます。そこで今作は、4人のキャラクタを中心に各パートを構成しています。その切り替わりにはテロップを出し、見る側には誰を見れば良いのかがわかり易く伝わりました。

作品が推理サスペンス物なので内容には触れられませんが、前作と比べるとかなり出来はよくなっていると思います。

堤真一演じる京極堂や阿部寛演じる榎木津探偵はもちろん大活躍で、演技もはまっているのですが、前作ではあまり活躍の無かった田中麗奈演じる敦子に見せ場が用意され、彼女のキュートさが引き出されていたのに好感が持てました。

今作のゲストは黒木瞳と柄本明ですが、特に柄本明がお見事。役柄にぴったり合ったマッドな感じが出てました。さすがはベテランです。

物語としては日本古来の『魍魎』と言う言葉から想像すると、ちょっと肩透かしを食らいます。もちろんそこにいたる道筋はしっかりと示されていますから、不自然な感じは薄いのですが、映像化されてしまうとSF作品テイストを感じざるを得ませんでした。

原作を読んでいないので、小説からのファンとは受ける感じが違うと思いますが、今作は推理サスペンスとしてはまずまずの出来上がりだと思います。邦画ではこの分野の作品にヒットが無いのですが、あと一息パワーがほしいと言う感じでしょうか。

http://mouryou.jp/

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『AVP2 エイリアンズVS.プレデター』を見ました

SF作品から生まれた二大悪役エイリアンとプレデターが対決する『AVP2 エイリアンズVS.プレデター』を見ました。

コロラドの森に1隻の宇宙船が墜落した。その宇宙船には南極で回収されたプレデターの遺体と、その体内から生まれたエイリアンが存在していた…

前作『AVP エイリアンVS.プレデター』の直後から始まる今作。この作品を見る人は殆どが前作は見ていると思います。当然ファーストカットから登場するプレデリアンについての解説は不要だと思います。

さて、この作品は昭和30~40年代にあった、新春特別2大スター共演、という作品ですので『演技がどうの』とか『ストーリがどうの』などは全く意味無し!

とにかくいかにエイリアンとプレデターが対決するのか、人間達はどうなるのかを固唾を呑んで見るのが正解です。特に、前作と違い今回登場するプレデター、ザ・クリーナは『人間なんて眼中に無し!』とばかりの大暴れ。エイリアンを退治するためには、人間の被害なんて全く気にしない。

ほんとにこの作品では人間はお飾り。エイリアンに襲われるかプレデターに殺されるのか、のどちらかしか選べません。前作と違って生き残るにはその両者から生き残らねばなりません。

エイリアン側はプレデリアンが登場し、今までより繁殖力がアップ。一方プレデター側はエイリアンハンターが登場し、罠を仕掛けるなど知力も駆使してエイリアンと対決するなど、双方がレベルアップしています。

その対決はVFXを駆使して見事に表現されていましたが、人間が襲われるところもリアルなので、その点はちょっとグロな部分。

ラストはありきたりな感じに仕上がっており、安易な『核』の使用についてはあまりに安直で、しかも『バイオハザード2』と同じような仕上がりと言わなければならないと思います。(『バタリアン』とも言えますが…)

とにかくエイリアンやプレデターのファン、あるいはお気楽で派手なアクション作品を楽しみたいという方にはお勧めです。

Ps.ラストに登場する女性・ユタニは次回作への布石でしょうかね?

http://movies.foxjapan.com/avp2/index.html

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『4分間のピアニスト』を見ました

皆さん、明けましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。

刑務所内でピアノを教える教師と、才能がありながら受刑者として刑に服しているピアニストの関係を描いた『4分間のピアニスト』を見ました。

ピアノ教師として刑務所を訪れたトラウデ・クリューガーは、受刑者の一人ジェニー・フォン・レーベンと出会う。過去に国際コンテストに出場するなど類い稀なる才能を持ちながら、過去の過ちゆえに自暴自棄となり、心を閉ざしていた…

まずいつも見慣れた邦画やアメリカ映画とは趣が違い、終始長えっトーンで、生きることの意義や尊厳を問いかけてきた作品でした。

特にピアノ教師クリューガーが過去に負った心の傷を、物語が進むにつれて明かされていく展開と、ジェニーの心の動きが微妙に重なり、二人の関係を結びつける構成は、(やや分かりにくいカット割ではあるものの)二人の生きるということに対する、考えの違いを浮かび上がらせてくれます。

さらに現代を生きるジェニーにとってはクリューガーの教えは古臭いものであることをたびたび提示し、それを矯正しようとするクリューガーとのぶつかり合い。相容れないと思われる価値観をどのように共有させるか、心を通じさせるためにどのように接するか、教育ドラマとしての側面も感じます。

さてジェニーを演じたハンナー・ヘルツシュプルングの演技が秀逸でした。実はこのジェニーは作品中ほとんど、暗く影を背負った感じを出しているのですが、この時見せる彼女の表情と、時折挿入される激昂した表情の差には驚きを感じ、またその迫力に圧倒されます。

刑務所内ということで、周囲の環境も非情に厳しく、ピアノを弾くことに対する、嫉妬や嫌がらせなどを受けつつも少しずつクリューガーの教えを受け入れ始めるジェニー。この辺りのくだりも妙に感情的にならず、さらりとして映像に織り込まれるので、画面の表情や台詞をしっかりと理解しながら見ないと、ストーリーにおいていかれそうでした。

だからこそ、ラストカットに見せる彼女の表情には、さらに驚かされました。この表情は本当は何を伝えたかったのか、この点ではkainは明確に理解することが出来ませんでした。

ジェニーにとって世界はすべて敵であり、その中で既存の権威を象徴しているクリューガーに対する反抗か、それともその才能を発揮することの出来た歓喜なのか、ヒューマンドラマとしてこれほど考えさせられるのは、久しぶりです。

作品として爽快感や娯楽性は全くありませんが、人生を生きるということについて考えさせられる作品でした。

http://4minutes.gyao.jp/

kain

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